現地報告レポート 第1回(5月20日〜5月21日)
第2回(5月24日〜5月30日) 第3回(6月5日〜6月8日)
第4回(6月12日〜7月2日) 第5回(スタッフ紹介)
第6回(livelihood プロジェクト) 第7回(スリランカ滞在の締めくくり)
第1回(5月20日〜5月21日)
5月20日金曜日
朝、8時、コロンボのUN Office for the Coordination of Humanitarian Affairs(OCHA)主催の定例ミーティングに参加する。私はこのような国際的なNGOやUNの機関が集まるミーティングに参加するのは初めてだったので非常に光栄だった。しかし、何を皆さんが話しているのか、当然ながらよくわからなかった。
その後ゴールへ向かう。ゴールロード(コロンボとゴールを結ぶ一本の道路)をひたすら走り、途中スリランカ料理のビュッフェスタイルのレストランで昼食をとる。途中、津波の影響を受けたと思われる箇所がゴールロード沿いにかなり見られた。もちろん、家が崩壊して土台だけしか残っていなかったり、テントもまだまだあるのだが、おそらくこちらの気候のせいで植物が育つのが早いのか、空き地は植物で覆われていて、半年前の報道の映像とは随分状況が違うと感じた。海岸沿いのココナッツの木は倒れずにそのまま残っている。
ゴールの手前で、乗客600人の犠牲者が出たという列車が残されている現場に立ち寄った。話によると列車と犠牲者の方たちは津波の後2、3日後に発見されたらしい。その線路の周りにもシェルターやテントがあり、人々が生活していた。
ゴールのオフィスに着き、その後、サイトへ向かう。そこでマヌや現場のスタッフたちと会う。明日のセレモニーに向けて皆さん大忙しの様子。シェルターの中等を見せていただいた。土台がセメント、壁が木のつくりで、部屋が2つある。4件にひとつトイレが外に設置されている。このトランジショナルシェルターは2、3年持つように作られているとのこと。トイレの下には深い穴があり、そこに大きなタンクが埋まっている。
その後、ゴールのオフィスへ戻り、みんなで夕食をとった後、マヌは再びサイトへ。 Mr.Meganathanと私は近くの海辺のホテルへ。そこも津波の被害をうけたそうだが、今では平常どおり営業している。
5月21日土曜日 朝8時半ごろサイトに向かう。10時からのセレモニーに向けて慌しく準備が進んでいる。スタッフは昨夜一晩中働いていたらしい。ゲートもまだ作成途中だった。
10時過ぎごろ、ちらほらゲストの方(シェルターの建築家、District Officer やらMinistorやら数名)がいらっしゃった。最初は5人のお坊さん(子供3人を含む)が登場、その後ダンサー達の踊りがあり、その後Buddhaが運ばれてきた。Buddhaを祭壇に設置し、全員がお祈りをしてセレモニーが開始。
Buddhaの像が運ばれているところ。みなさんとても敬虔で通り過ぎるときにはお祈りをしていた。
ゲストの方のスピーチが続く。ひとりひとりかなり長く(人によっては30分以上)当然シンガリなのでまったくわからなかった。
その後、一人一人住居受取人の名前を呼び、鍵を渡す。そして、一軒一軒テープカット。
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