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現地報告レポート

第1回(2006年6月21日〜6月28日)
第2回(2006年6月30日〜7月12日)
第3回(2006年7月13日〜7月25日)
第4回(2006年7月26日〜8月4日)
第5回(2006年8月7日〜8月22日)
第6回(2006年8月23日〜9月6日)

第6回(8月23日〜9月6日)そして3ヶ月滞在の締めくくり

23/08/06

今日は昨日の引き続きでコイアマットの実践授業。このクラスは25人で構成されているが、ほぼ全員がコイアマット作りに参加したかった為、合計6個のコイアマットを作製する事になった。結果、マットを作製する際に必要な釘が足りなくなった。ニシャンタは急いで釘の買出しに行く。

過去6グループ全部、コイアマット作りは若手の女性がリードし作る傾向にあったが、このグループ9・10は年配の女性が積極的にグループをリードしマット作りに励む姿が見られた。今までのグループでは年配の女性はマット作りは力がいるし大変だからということでコイアテープに集中していた。今回一生懸命にマット作りに励む年配の魅力的な姿を目にし何回もカメラのシャッターを押してしまう。

一方でまだ3人ほどコイアテープをまだ上手く編めない者はそちらに集中する。コイアテープの編み方は編むパターンさえ覚えればそれほど難しいものではないのだが、やはりクラスに何人かはマスターするのに時間がかかる。私は言葉が通じない事もあり、教えるという事がどれだけ大変か実感した。一人の受益者は私たちが何回も同じ事を繰り返しているのに根気よくついてくる。こうしている間に4時間あっという間に過ぎていった。

24/08/06
コイアロープの出来具合を
チェックするニシャンタ
全員の受益者がコイアテープの編み方を覚える。昨日何時間もかけて教えた受益者がコイアテープを編めるようになり時間がかかった分その喜びは大きかった。まだよい質ではないが編み方を覚える事が第一歩である。編み方を覚えない限りコイアマット作りの段階には入れない。先生はコイアマット作りに励む受益者に集中しなければいけないので、どうしてもコイアテープを編めない何人かの受益者は編めないままか間違った編み方のまま授業が終了してしまう場合もある。だがコイアテープを編むのがこのマイクロビジネス実践授業の第一段階なので、私たちスタッフがコイアテープ作りを監視、全員が編めるようにモニターするのは大切な事だと思う。

25/08/06
コロンボでのCHAの生計復興計画ミーティングに出席する。

内容:
• 生計復興計画成功の秘訣そして私たちがしているプロジェクトは本当に人々の生計復興につながっているのかどうか。
しかし議論最中に意見が真っ二つに割れる。
1. 本当の生計復興には技術革新がいる
2. 私たちNGOで草の根としてできることがある (例ミシンやコイア機を分配するだけでなくその受益者に良い製品を作る技術があることを確認する事で彼らの作る製品が市場で生き残れるかどうかを確認する事になる。)
偶然なのかは分からないが、最初の方の意見は主に男性側からで2番目の方は女性側からの意見であった。

私自身の意見としては2番目を支持する。その理由としてはNGOができる技術改革は限られているし、技術をもたらすことで地域住民の生活を大きく変える事は国際NGOの仕事であってはいけないと思う。1980年代に世界銀行やIMFが行った構造改革は発展途上国の住民生活や福祉(主に女性、子供)に悪影響を及ぼしただけでなく更なる悪化を促したと今でも批判されている。その批判の後にどれだけ地域住民の自立を確保した上での生計復興ができるかと考慮され、取り組まれたのが草の根アプローチの生計復興である。(例・マイクロビジネストレーニングプロジェクト)

よって一方的に技術改革をNGO間でのミィーティングで主張する人を目にし私は少し怒りを覚えた。しかしこういった意見の食い違いはどこにでもあるんだとまた勉強になった。

ミーティング終了後ゴールに向かうその途中でスリランカスタディーツアーの為に来られた伊藤さんから連絡がある。久しぶりの日本語そして、伊藤さんの声を聞き少しほっとした。スタディーツアー参加者全員無事に今キャンディーに向かっているという報告であった。

その足でアクララのクラスに参加。もういくつかのコイアマットはできあがっていた。明日は実践クラスの最終日の為、必死でマットを仕上げようとする受益者の姿が見られた。

26/08/06
このアクララのクラスは割合若い女性だけでなく年配女性も多数を占めるが、その年配女性がマット作りに積極的に取り組み、論理の質問も問題なく答える受益者が多く、インタビューもスムーズに進む。与えられたコイアマットも完成し、ニシャンタはコイアテープの着色授業も行った。着色の際、まず最初に釜のようなものに水を入れ、それを沸騰させ、そこに着色料をいれそしてロープ釜にいれ着色していく。まきで水を沸騰させるのでこの着色作業はかなりの熱さを伴う。着色作業をしなくとも釜のそばに立っているだけで汗が出てくる。コイアマットの留め作業もそうだが、コイアマット作りは決して簡単なものではない。

水を沸騰させる 着色料を加える
    着色料を加えた沸騰水に
コイアロープを入れ着色する

こうして手間隙かかる製品ほどどうして市場価格は安いのかと疑問に思う。

今、人件費を削り、機械を使い衣類の生産の高さを誇る中国は世界各国の衣類産業の伸びを苦しめている。アフリカでも地元の衣類製品は中国のダミー製品より高く、地元住民も中国製品を消費し始めたとBBCが取り上げていた。

私たちにはどうしようもない事だが、地元産業の痛手は大きいのは事実だ。

27/08/06
今日はスタディーツアーの皆さんととランチを共にする。ティッサマハラマから5時間の車移動で皆さん少し疲れ気味の様子。久しぶりに伊藤さんに再会し、食事を共にさせて頂き楽しいひと時が過ごせた。その後ゴールの街を歩く。私はスリランカに来てもう2ヶ月が経つが、なかなか街に出たり自分でスリーウィラーに乗ったりする機会はなかったのでこうしてゴールで日曜を外で過ごすのは初めてだった。

夕食後にニシャンタ、ルナ、ジャヤシンガがホテルに来て、スタディーツアー参加者の皆さんは色々な質問を重ねる。そんな質問に目を輝かせ話すニシャンタの姿に特に心惹かれた。私もスリランカに着て早々、フィールド経験のない私をニシャンタとラリスは一から受益者とどう接するか、スリランカの文化をいかに考慮して行動すべきなのか、理論と現場のギャップをも学んだ。ニシャンタはそんな私の成長をも嬉しそうに語ってくれた。ニシャンタがアムルトスリランカの生計復興計画の概要や成功の秘訣をスタディーツアー参加者に説明する姿を目にし、2ヶ月プロジェクトに携わっただけだが、誇らしく感じた。

28/08/06
今日は朝からアクララでイノグレーションと午後はスタディーツアー参加者のアムルトプロジェクトサイト訪問。

コイア繊維を受け取る受益者 イノグレーションセレモニーの様子

今回も招いた政府生計復興職員の方はこられなかった。しかしスタディーツアーの皆さんはコイアマット作りの体験をし、まずはコアテープの編み方から始める。皆さん受益者と交流をし、コイアテープはすぐに編めるようになった。1時間、2時間の間でマット完成とはいかないが、マット作りも体験し、こうしてマット作りがどういうものなのか実際に経験するのは受益者を理解するという意味でとても価値のあることだと思う。実際にコイアテープを編まないと、初めてコイアロープを触った際手が痛くなるとか、コイアマットのバインディングがどれだけ力のいる仕事かはわからない。私もクラスの中で実際に受益者と共に同じ体験をし、同じ立場に立って物事を見れて私自身、プロジェクトを理解する目が変わったように思う。

コイアマット作りに挑戦
コイアロープの編み方を学ぶ
スタディツアー参加者
 

その後新しく授業開始の場所パラリアに向かう。授業開始日はいつも名簿の整理や受益者確認などで忙しいのだが、スタディーツアーの参加者の皆さんに授業内容シラバスとペンを受益者に手渡して頂き、受益者達のヤル気も初日から増したのではないかと感じる。

そして仮設住宅訪問、チャイナガーデン(ミシン受益者が住む場所)を訪問し一日を終えた。

忙しいが、忙しい分だけ遣り甲斐もまし全て予定通りとは行かなかったがニシャンタはアムルトスタッフが皆一同まとまり仕事できた事に大満足。ニシャンタは「We are a real family now」(これで私たちは本当の家族だ)と嬉しそうに電話で話してくれた。

31/08/06
スタディーツアーに同行しコロンボで2日間過ごし今日は朝から大使館に草の根無償資金協力事業提案概要と提出し、昼食をコロンボでとり、バスに乗り、まずデヒワラに向かいそこから急行バスに乗りゴールに向かう。

普通のバスに乗ったのは初めてで、ナワラ(事務所)からデヒワラ(ゴール道)まで12ルピーだ。スリランカにバス時刻表と言う物はなく、もしバスが空いていたら、乗客が満員になるまでバス停で停止する。だから時刻表なんてものは存在しない。出勤時間に遅れないようにしようと思えば、出勤時間の何時間も前に家を出なければならないとスリランカ人から聞く。

コロンボの街は非常に空気が汚染されていて、窓空きのバスに乗っていると自然に咳きがでてくる。今まで甘やかされエアコン付きの車で移動していた為、こいったことに気づかなかったが、スリーウィラーで移動の際も空気の汚さに驚かされる。ロンドンでも地下鉄以外にはここまでの空気の汚れは見られないように思う。

ゴール道からエアコンつきの急行バスに乗る。そこから大体3時間半でゴール事務所に到着した。
今日はクラスに参加せず、そのまま事務所向かった。

11/09/06
私がクラスに参加する最終日。今日はパラリア受益者をインタビューする日。インタビューの最中、ニシャンタは授業内容を理解しているかどうかだけの確認だけではなく、彼らの津波経験、そしてその後の生活についても質問を重ねていた。パラリアでは津波の被害は他のゴールの地域に比べ比較的被害はひどく、どの受益者も何人もの家族を失ったと語る。中には夫を失い、今まで働いた事もなく小さな子供を抱え、稼ぎ口もなく困っている受益者も何人か見られた。両親を失った10代の受益者もいた。アムルトは仮設住宅を建築後、被災者を励まし、心のケアを目的とした催しをした事もある。私は最初目に見えない傷をどう癒すのか、サイコ・ソーシャルな行事がどこまで目に見えた結果を出せるのか少し疑いがあった。しかしこうして未だに心に深い傷を負ったたくさんの受益者を実際に目にして、もう一度アムルトのサイコ・ソーシャル行事を行ってほしいと心から感じた。

アムルト全部の受益者が一度に一つの場所に集まるという事は彼らの心の傷を癒すだけでなくアムルト受益者のコミュニティーの傷を癒す機会になるという利益もある。家庭生計を安定させ、より良い生活水準を得る為にコミュニティーのなかでお互いに支えあっていく事は受益者たちの経済的安定だけでなく、精神的安定の確保にも繋がると思う。

インタビューの様子 パラリアの夕日


スリランカ3ヶ月滞在の締めくくり

この3ヶ月で私がスリランカで学んだ事は限りがない。まず開発学を大学で専攻し、発展途上国が面する問題などを教科書から学んでいた私にフィールド、そして論理と現実の大きなギャップに気づかされ、フィールドに直接参加させてもらいその大きなギャップを逆に埋められたような気がする。もちろん生計復興だけに関わらず、他の開発プロジェクトに接する上でプロジェクト計画をするには論理は重要なことである。しかし一方で現実的に考えフィールドでその計画した事が全て上手くいくとは限らない。現実と論理のギャップに直面し、あきらめるのではなく、上手く自分自身でバランスを取りながら復興計画に携わらなければならないと学んだ。

生計復興プロジェクトは沢山の人々や団体によって支えられている。資金提供者(ドナー)の意向を踏まえた上でプロジェクトをデザインし履行しなければならない。その限度の中でも自分自身で柔軟に物事の見方を変える事も可能である。

フィールドスタッフから学んだ事はフィールドで受益者と接する上で個人個人の性格を理解し接していかなければならないという事であった。言葉が通じないからこそ大切な事である。

この3ヶ月の間で今私に欠けている物を気づかせてくれた。例えばプロジェクト資金をどうやり繰りするかやマネジメントや経理、これらは大学では学ぶ事ができない、だが開発や復興プロジェクトに関わっていく上で必要不可欠な能力だと気づかされた。

津波被害にもめげず元気な受益者や、同じ意思を共有するアムルトスタッフに出会い、これから大学に戻りまた教科書から勉強する日々が始まるが、以前とは違った形で教科書に向かえると思う。もちろん大変な事もあったが、そんな経験も含め私を一回り大きくしてくれたこの経験を下さった人々に心から感謝したい。

この場をかりてアムルトインターナショナルスタッフそして受益者や私がスリランカで関わった全ての方々にお礼を申し上げたい。
私のこのレポートが間接的ではあるがスリランカの津波被害者の様子を少しでも日本の方々に理解していただく機会になったら幸いである。

森本美紀


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