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現地報告レポート

第1回(2007年7月19日〜7月31日)
第2回(2007年8月1日〜8月11日)
第3回(2007年8月12日〜9月9日)
第4回(2007年9月10日〜9月30日)
第5回(2007年10月1日〜10月14日)

初めまして。大森久美子と申します。7月中旬より3ヶ月間、ボランティア調整員として活動することになりました。どうぞ宜しくお願い致します。

まず最初に簡単なプロフィールを。
○住所:兵庫県西宮市在住。
○年齢:40歳代。2回目の成人式を迎えたの♪などとテキトーにごまかす。
○経歴:大学卒後、出版社に8年近く在籍(といっても仕事はコンピュータ関連)、その後貿易業界に転職し、数社を転々としながらも職種としては貿易事務・総務・会計等に一貫して従事(ま、言ってみれば何でも屋の雑用係)。それが10年続いた後、去年の2月に突然会社から退職勧奨を受け、無抵抗のうちに退職(理由はいろいろ:悲)。タガがはずれ、短期のバイト以外は、糸の切れた凧を続行中。
○ボランティア歴:OL時代は英国のナショナルトラストのプログラムに夏休みがてら参加した程度。退職後にかねてより興味のあった国際協力分野のNGOにてボランティア開始。ということで、この分野では、ほとんど初心者、素人です、ハイ。
○性格:尊敬する人には無条件に跪き、軽蔑する人には顔で笑って心で「このボケがっ!」若く見えるそうですが、厚かましさは歳相応。ここに来て開き直りのeasy goingを身につけつつあります。
こんな私に貴重な機会を与えてくださったアムルトの方に深く感謝すると共に、読者の皆様には、このような経歴の者がNGOの海外支援現場に放り込まれるとどのような反応を示すのか、ちょっと毛色の変わった実験モルモットのレポートという事で、お読みいただければと思います。予め申し上げておくと、本来の活動レポートの枠から度々脱線するでしょうし、あまりの目線の低さにあきれられてしまうとも思いますが、どうか、お赦しを<(_ _)>

また、文中の登場人物は敬称略を原則とします。


第1回(7月19日〜7月31日)

テラスより お向かいは八百屋さんと個人スーパー。八百屋さんは2−4時はお昼休み。
新しい事務所はこんな一軒家
私の部屋  2階の1室を借りています
1階玄関開けるとすぐ事務所
お昼のニュースを見ながら一休み。
インディカがせっせと昼食の準備。彼の料理はどれもおいしい。
7月19日(木)「へえ、着きました。」
定刻通り19時前にコロンボ到着。内戦の影響で深夜は空港閉鎖中。利用したスリランカ航空便も通常よりかなり早い到着タイムで運行中。何の問題もなく入国するも迎えのスタッフがいない。あれ?マネージャーのニシャンタの携帯に電話(自分の携帯持ってきてよかった!)。コロンボでフェスティバルがあり大渋滞。しかも専従ドライバー、ジャイシンガーの車のクラッチが故障し、急遽彼の息子のナルカの車を手配したんだとか。追ってすぐ東京事務所の原田さんから「スタッフが空港に向かっている途中」とのSMSが来る。ビバ、ソフトバンク同士。

間もなく、インド人女性スタッフのルナがナルカの車で登場。お勧めのインド料理ベジタリアンレストランで夕食後、今晩は事務所のあるゴールに向かわず途中のホテルに投宿。爆睡、爆睡。Zzz...

7月20日(金)「4個でワンセットのシャンデリア。電球ついてるのは1つでした。」
ルームサービスにて朝食。ルナは金曜は断食日(ダイエット中)ならしく水のみ摂取。朝食後、あり得ない睡魔でまた爆睡。12時前に起こされる。

やっとジャイシンガーが「ソーリー」を連発しながら車で登場。ドンマイ。海岸沿いのゴールロードひた走る。去年2月に一人旅で訪れた時に比べ倒壊した家屋の姿が全然ない。いい事なのか?車でまたウトウト。自分の締まりのなさに唖然。途中のレストランでカレーを食べて4時頃ついにアムルトハウス到着。3月下旬にゴールの別の場所からここに転居し、コロンボの事務所は閉鎖した。ハウスで食事やお掃除のお世話をしてくれる弱冠21歳のインディカがお出迎え。

おお!大邸宅。でもオフィスが暗い。豪華なシャンデリア、but電球only one。Cry.....(遠い目)

今年3月にここに事務所を移転してきた。私は移転後初めての日本人ボランティアということだ。

ジャイシンガーとインディカの英語が上手く聞き取れない。訛りが強いのだが、言い訳にならない。聞き取れないと。が、シンハラ語は語順が日本語と同じで、彼らの英語はその語順で英単語を連ねている場合が多いとわかり、その後は私もそのノリで英単語を重ねることにする。会話のリズムって大事。

7月21日(土)「選挙カーよりはマシと思おう」欧米化?スリラン化?合理化
オフィス前の道路の騒音が半端じゃない。伊丹市(大阪空港がある)の住民の気持ちが今やっとわかりました、という感じ。深夜4-5回、目が覚める。その上午前4時にモスクから拡声器にてお経?の大音響。朝からホンマ、どーもありがとうございます!(怒笑)

朝、ニシャンタにやっとご対面。が、すぐDS(District Secretariat)の会議とかで出かけていった。仕事の話は月曜に、という事になる。ジャイシンガーは今日は娘の25回目の誕生日だといって自宅(コロンボ近く)に戻っていく。平日は事務所兼宿舎のアムルトハウスで、ルナ、インディカと同居している。

昼食後、ルナといろいろ話す。女性同士の話は世界共通。恋愛・結婚・仕事・家族...彼女曰く、結婚適齢期だがまだしたくない(インドでは恋愛は隠れてするものだし婚前は精神的恋愛のみ可能、時には親の決めた許婚も)、higher educationに進みたい、幸いにして両親は理解してくれている等々。オバハンだけど話し相手の資格ありかしらん?でもよかった、この後ずいぶん私に対してリラックスして話しかけてくれるようになった。

夜。たぶん4時間くらいは歌い続けていたはず。誕生日パーティとかで我らハウスのすぐ近くでにぎやかな歌声が深夜まで続く。太鼓のリズムが軽快。もちろん男性だけ。女性は厳しい門限があるんだそうだ。

7月22日(日)「NGOスタッフを支えるものって?最後の砦は...」
少し気になった事。食事中、ルナが、離れた所にいたインディカを呼んで、テーブルの奥に置いてたバナナを取ってと頼んだ。「?」ちょっと立ち上がってれば簡単に取れるんだけど。食事の世話は彼の仕事であるとはいえ...私は頼めないような。でもこちらでの流儀というものもあるだろう。

インディカと少し話す。津波の時、ビーチサイドのホテルにいたそうだ。高波にもまれて必死で泳いだと。深く聞けなかったー。わずかではあっても彼が回答を躊躇したのを見てしまったので。

夕方、ルナとインディカと共に初めて外出。スリーウィーラー(運賃150ルピーなり)でゴールフォート(ゴール砦)まで。海辺に来ると津波の事を考える。街の機能は100%回復しフォートも津波前と変わりなく格好のデートスポットとして「機能中」。へぇー、こちらのカップルは傘で隠していろいろ...以下自粛....(猛省)

日用品を買って帰路に就こうとすると、1人の女性が駆け寄ってきた。コイア機講習の受益者だった。2人へのお礼の後、見知らぬ私にも握手を求めてきた。日本の街角でお礼の為にわざわざ近づいてきてもらう経験ってそんなにあるかなあ?ものすごーくちっぽけな、だけど、報われる瞬間。刻まれる何か。

7月23日(月)「引き続き、刻むということについて」
朝、新婚1年めで妊娠5ヶ月のハリンディと「nice to meet you」

ニシャンタが出勤して、会議開始。私から3点ほど挙げた。1.VTA(Vocational Training Authority)プロジェクトのプロポーザル作成にあたって東京からの要望事項 2.東京からのスリランカ事務所への支払いについて 3.私のビザ延長について の3点。1番が最重要である。

が、しかし。My poor English!なかなか通じない(-_-;):汗。今、東京で提出予定のプロポーザルに必要な確認項目について、スリランカスタッフの認識が、東京のスタッフから私が聞いていた内容と異なっていることがわかり、では東京とのメール交換履歴を全部読みたいと頼む。とその時、東京から電話だ!直接こちらのスタッフに説明してもらって解決。ほっ。

以下、アトランダムに記します。
○米国のファンドから資金を得て、AmurtがVTC(Vocational Training Center)を建設して訓練コースを運営する予定だったのだが、そのファンドのスリランカ法人が「自分たちで全部やるから名前だけ貸して」と言ってきて、結局ボツになったらしい。このプロジェクトの建設がつい先ごろ始まり関連省の大臣や米国大使出席の起工式がニュースになっていた。国内の民間会社等様々な組織がこれに絡んでいる。

○ニシャンタが、レース編みの受益者の1人が作った作品のbrochureを見せてくれた。日本スタンダードでこの小冊子を見てあれこれ指摘するより、ここまでの進歩(という言い方は失礼かもしれないが)を心から賞賛したい。そういう気持ちになる現場がここにあるということだろう。

その他コイア機で作ったバッグを見せられた。外国市場(輸出したいということ)を目指したいそうだ。日本人向けについてアドバイスを求められ、僭越ながら少し話した。曰く「スリランカテイストがもう少しはっきり入っているといいかな」「あるいは、小さなタグをつけてそこにこの製品にまつわるヒストリーや、生産者の名前と写真を載せてみるとか」「アムルトのURLを記してそこにアクセスしてくれれば製作現場や製作者が挨拶している動画が見られるように、なーんて」

真面目な話。

特別な事情を消費者に知らせる訴求方法については、いろいろあろう。「お情けを求めてるのか」「フェアじゃない」そうかも。でも私は構わないと思う。私は、それを買った人と作った人の「縁」を双方に少しでも強く感じてもらいたい。でもって、お互いの間で万が一コミュニケーションが生まれたら言う事なし。そして買い手が別の人に「この間ね、こういう事があってね、それはスリランカのね...」と話すことで少しずつ伝わっていく。誰かが作って誰かが買うのではない。刻まれる何かが伴う。遅々としてるけど、でもそういうのが私は個人的には好きです。ヒトは「モノ」でなく「コト」に感動する、というのを強く信じています。素人話おそまつ。

過去のボランティアの方のレポートにもあったが、最後にニシャンタは私にも一言。「自分自身が被災者だったんだから」心に刻んでおこう!

○私のPCをインターネットに接続しました。ハイ、ダイヤルアップ接続、大騒ぎして午後いっぱいかかりました。やっと成功して大喜びの私と、疲れきった...特にハリンディの顔...合掌(するなするな!)受信メール確認の為、ニフティにアクセストライ!...4時間かかってあきらめました、ハイ。合掌再び。15日ほど前から突然回線が遅くなったそうです。早い回線に今月中に切り替えるそうです。接続は刻むな!

7月24日(火)「ネットがない不便」
昨日もらった職業訓練センタープロジェクトについての資料を読み込む。いろいろわからない用語が出てくる。質問リストをwordで作成し、ハリンディにファイルで渡して回答を書き込んでもらうことにした。

昼過ぎ、疲れた顔でルナが呼びにくる。朝からずっとネット接続を試みているが全然動かない。急ぎの仕事もあるので、ネットサービスの店に連れて行ってもらうという。スリランカ事務所への支払いの為に円→ルピーに両替するのと、ゴール周辺の地図を買い求めたく、同乗することにした。スリランカ国立銀行で、「ゴール支店ではできない、コロンボに行くか空港でないとできない」と言われる。そんな馬鹿なー。次に訪れた民間のセイラン(Seylan)銀行では何事もなくスムーズに両替。ニシャンタ「これだから政府の出先は信用できない」その後、行きつけの事務処理代行店に寄る。1階で地図を買い、3階でネット中のルナとハリンディに合流。2人とも「早い!早い!」を連発。とにかくネット環境が安定しないと仕事にならない!カントリーディレクター(スーダンに長期出張中)のマヌにルナが必死に訴えて約5Mの回線を契約する許可を得たらしい。来月からは安心してね、とルナ。但しそれまでの間の不安定な回線状況も見過ごせないので、抗議せねば!とプンプンの彼女。

こちらに来た時、「ネットがなくて大丈夫?」と聞かれた。「へ?事務所にネットあるよね。」「いや君の部屋に」よーく聞いてたらモスキートネット(蚊帳)のことだった。とりあえずスプレーをかけまくっている。でも咬まれている。やはりネット使うべき?

夜、両替したルピーをルナに渡したら「正式の領収書は明日になるので、あ、ちょっと小さなメモ用紙持ってきて」何するのかな?彼女は「大森さんからまさに○○ルピー受け取りました」と書いてサイン。貴重品の受け渡しには必ず記録を残しておくという。社会経験浅いのに意外と(失礼―)ちゃんとしていると感心。金額を3回も書き間違えたのはご愛嬌か(笑)。

7月25日(水)「豪快に誤解」
今のアムルトハウスは家賃が安いが古いだけにあちこちトラブルが。先日はトイレのつまみが壊れた。タイミングが悪いと大変だ!で、今日は朝から2階の電源修理で工事会社が来訪。

ニシャンタにVTA(Vocational Training Authority)に連れて行ってもらう予定だったが、担当者がつかまらないということでキャンセル。

日本のpublic bathについて話した。ルナとハリンディが、目が飛び出さんばかりに驚く。まあ国によっては裸になる習慣てないものね。ハリンディ「どうやって街まで行くの?」ルナ「ドライバーはどんな格好なの?」....「へ(;一_一)?....もしや....まさか....public busって思ってる...?」...ルナ&ハリンディ「Oh!!!!!!!!!! public bath!!!!!!!」そんなに発音が悪かったか(ーー;) 発音には注意しているんだけど。日本とスリランカ&インドの間でとてつもない誤解が生まれる所であった。ふん。

VTA担当者サラット氏 当初の予定の15分→1時間半も割いてくれました。謝々!
7月26日(木)「スリランカのお役人さんと初めて面会」
昨日キャンセルになった面会が今日はOKとの事で、我らがハウスから車で10分程度のVTA(Vocational Training Authority)に赴く。迎えてくれた担当者は齢30歳前後か?威厳を保とうとしているのかno smile。彼がVTAプロジェクトのプランの執筆者であり、実行を取り仕切っているとのことだ。ハリンディと私で、予め書き出しておいた東京事務所からの質問項目を基にニシャンタがシンハリ語で質問。一応の回答を得たのであるが、私は、今までのプロジェクトの経緯やスリランカのjob market、労働力の需要と供給システムに対する認識が圧倒的に不足しているので、これでいいのだろうかという、気持ちの収まりの悪さが拭えない。

また、今週末の船で日本に向けて輸出されるコイアマットの船積書類の件でルナとハリンディと話し合った。彼女たちは当然ながら貿易の知識がないので、輸出agentの指示通りに書類を用意していたとのこと。今までの輸出のやり方を確認すると同時に、とりあえず貿易の基本用語(CIF、FOB、B/L etc)を説明した。取引相手のagentはこちらでは大手ならしいが、彼らからの請求書は合計金額が書いてあるだけで、明細が一切ないとは不可解だー。Agentの担当者に電話して、今回の輸出の必要書類と、追って発行される請求書について明細を明示することを依頼する。

VTA担当者サラット氏 当初の予定の15分→1時間半も割いてくれました。謝々!
7月27日(金)「お祝いできる幸せ」
ニシャンタの息子さんが本日2歳の誕生日だそうだ。ココナツミルクで作ったミルクライスを彼が持ってきてくれた。やさしい味。ほんのり塩味。温かい気持ちになる。夕方、スタッフ全員で彼の家を訪問し、プレゼントを渡す。彼の妹さん夫婦なども来ていて大賑わい♪毛色の変わった人間(私)は、今日の主人公から怖がられ泣きそうになるが、帰る時は頬っぺたへのキスが許可されて一安心(~_~)

今までのボランティアの方も案内されたと思うが、家に残る津波の跡を見せてもらう。また同様に、津波が起こってからの話を聞かせてくれた。奥さんは近くの寺院へ逃げて無事。思えばその時彼女は身重だったのだ。今日を祝える事に感謝。彼は被災後遺体の収容に明け暮れた。自分がその立場にたったらどうしよう。どうしよう。どうしよう。

ニシャンタが、VTAプロジェクトのプロポーザルに必要なゴール地区内の学校の数を入手してきてくれた。Excelにてまとめる。また、昨日VTA担当者と面会した内容も整理。ニシャンタのチェック後、どちらも東京に送る予定。

7月28日(土)「ファミリー」
ルナやハリンディがかつてのスリランカのスタッフ、ワシャンタ(現在スーダン勤務)の奥さんを見舞う。同じく今スーダンにいるマヌ(スリランカ事務所の総責任者)から、ワシャンタが心配しているから具合を見てきてあげてほしいと依頼があったらしい。彼女は胆石(定かではない)ができているとかで今まで2回ほど手術を受けている。ルナの話によると状態は今ひとつで、通院するのも辛そうとのこと。「私達アムルトはみんなファミリーだから、これからはアムルトの車で通院を助けてあげたい。」

スリランカでは、宗教ごとに寺院を中心に固い絆のコミュニティが発達しているとジャイシンガーが説明してくれた。実質的なイニシアチブをとるのは僧侶ではない。一般の人々である。互いの家族の近況を熟知し助け合うのが普通という。寺院や僧侶は多くの場合、集会の場として、また人々の心の拠り所として存在するという。特に、コミュニティの子どもたちに僧侶は注意を払っていて、気になることがあると親を諭すこともしばしばだそうだ。

ファミリー...。

去年、ジャワ島地震の緊急支援で訪れたインドネシアもそうだったなー。その時属していたNGOは本部が韓国で、共に活動した韓国人メンバーも、同僚を家族のように捉えてたし。家族、職場、地域、宗教etc。一人ひとりが幾重にも重なるコミュニティに属している。芯とか軸になるものを持っている気がする。振り返って、私たちはどうなんかな? 賛否両論あろうが、何においてもテクニカルな事が先走りって感じ。マニュアルとかハウツーとか。人々の行動の「行間」から立ち上がってくるものをあまり感じないんだなー。私の感受性が足りないだけかなあ。

7月29日(日)「ポヤ・デー」
本日はポヤ・デー。地球の歩き方によると、「満月の日をポヤ・デーと呼び、労働と飲酒を断って1日体を休め、寺院へ参拝する聖なる日と同時に国の休日」ならしい。ルナとインディカとで寺院に参拝へ。寺院の床下には黒象が顔をこちらに向けて並んでいる。神殿(仏殿ではない。神仏混合状態。)には布で顔を覆われた3m程の神様が仁王立ち。壁画には象頭の神などが描かれている。作法がわからない私は2人の所作を真似ていく。お供えの花に手で少し触れた後に手を合わせて拝む。また寺院のあちこちに祭られている数体の仏陀像にお花をお供えしてお祈り。お線香場にはたくさんのお椀に、軟らかい綿棒状になったお線香が火をつけられ、ココナツオイルに浸されている。お線香とオイルを途中で買ったので、空いたお椀にオイルを注ぎ線香を浸して火をつける。日が暮れてから参拝したが、早朝から20時半まで参拝者で大賑わいだそうだ。

7月30日(月)「めくるめく光線」
VTA(Vocational Training Authority)の担当者と先週面会したときのやり取りを議事録としてまとめ、一緒だったニシャンタにチェックしてもらう。

VTA傘下にあるVTC(Vocational Training Center)をもっと効果的に利用してもらい雇用率アップを図るために、ターゲット(津波被害の大きかった地区の10代後半にほぼ限定)に対してVTC広報セミナーみたいなものを各地で繰り広げている。これをAmurtが実施できないかと考えているのだ。きっかけは1年ほど前からあったらしいが、それは政治?政府?お役所?の世界。様々な思惑が絡み、またAmurtのポリシーも無視できず、紆余曲折。やっと今、東京でプロポーザル作成にとりかかれた段階。作成にあたり、なおいくつかの情報が必要となったため、先週の面会となったわけだ。

○資金は得たいが実施の主導権は握りたい被支援国地方自治体当局。

○受益者の事を常に一番に考えたいが当局とも良好な関係を維持したい。また、直接所属する団体は支援側であるが、被支援国住民であるという個人の立ち位置からくる彼らなりのプライドも持つローカルスタッフ。

○被支援国民に広く支援が行き渡る援助を目指すも、支援国の広報の1ツールとしての視点もしたたかにもつ、資金提供者としての支援国政府。

○支援国ならではの独自性をプロポーザルで明確にして支援国政府にアピールし、かつ、被支援国側には、その支援国にある自組織が援助を実施することの必要性・利点を、主に“ローカルスタッフを通して”アピールしている支援国側のスタッフ。

....。あーやっぱりごまかさずに書こう。上から、スリランカゴール当局、Amurtスリランカ、日本政府、Amurt日本なんである。国同士の立場、組織間・組織内の立場、物理的時差・距離、それに各スタッフの個人的な立場(国際NGOともなると数カ国のスタッフが関わる)全てがビミョーに絡んでいく。そんなとこに、たまーに、私みたいなものがポロンと入ってきたりする!あぁぁぁぁぁ!!!と叫びたくもなる。

実際、面会から議事録をまとめるほんのわずかな期間に、上記のビーム光線が、ディズニーランドのエレクトリカルパレードのように各個人から放たれているのを私は見たぞ。ええ。

でも最終的には受益者にとってどうなのか、ということである。制約される現実はそれこそいっぱいある。そんな事は受益者も百も承知だろう。関連者の思惑が、「誰が一番受益者に思いを馳せているのか」という意味での競争であってほしいと切に願う。

7月31日(火)「ムズムズ。そしてムっ<`~´>」
コイアマットの船積みの処理を先日からしている。必要書類の作成及び通関処理まで全てのハンドリングを輸出agent(貿易業界ではフォワーダーと言っている)に依頼しているのだが、作成された書類などを見ると、ごく簡単な内容のはずなのに、不備が見受けられる。ただ、船積み量はあまりにも小さく(ミニマムチャージ適用レベル)、フォワーダーから見ると適当に流したい案件。だから、前回の請求は明細をすっとばして合計金額しか明示してなかったのか。顧客は全く素人だし。と勝手に推測する。請求金額の妥当性は、今回明細を明示させた上で、競合他社から見積もりを取ってみないとわからない。が、何だか鼻がムズムズするよな!

 


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