現地報告レポート
第1回(2007年7月19日〜7月31日) 第2回(2007年8月1日〜8月11日)
第3回(2007年8月12日〜9月9日) 第4回(2007年9月10日〜9月30日)
第5回(2007年10月1日〜10月14日)
第2回(8月1日〜8月11日)
8月1日(水)「アフガニスタン。韓国人NGOスタッフ。タリバン。」
今朝ネットに接続すると悲しいニュースが目に飛び込んできた。こちらでのネット事情で、今まで受信メールのチェックに限定していたので、スタッフに教えてもらった「アフガニスタンで韓国人がタリバンに拉致されたらしい」という情報しか今日まで知らなかった。
..........言葉もない................。
こんなことをよしとする精神構造はどうしたら生まれるのか。誰に問えばいい?誰が解決策を考える?「どんな理由であろうと絶対にしてはいけないこと」という事が世の中に存在し、これは宗教や政治その他いかなる事情によっても変わる定義ではないということを全人類即刻!肝に命じるべし!
8月2-3日(木-金)「discommunication」
四苦八苦七十二である。難しい。船荷証券とか保険証券とかCIFとかFOBとかINVOICEとかが何であるかを説明し各々がどう関わってくるのか輸出許可、輸入許可にはどういう説明がなされたどんな書類が必要か。それこそたくさん留意すべきことはある。日本語の貿易実務本では図などを使って何ページにもわたって説明している。なので、ビジネスの世界では貿易に詳しくない会社は専門商社を通して国内取引とするか、頑張って貿易部門を設立しある程度の必要書類は内製して、船積みagentと直接取引して貿易するかなどしている。
NGOはお金がないから、仲介者手数料がかかる前者はできない。かといって貿易知識に長けるスタッフがいるわけではない。そこで、普段なら自分たちが作る書類も船積みagentに全部丸投げして作ってもらっている。それはしょうがない。が、多少貿易経験のある私がたまたま聞いたところによると、今ちょうど船積みが進行中で、内容を聞くと経験的にあるいは知識として把握している貿易の商習慣(ルール)からどうも考えられない回答をagentが言ってきている。それは別に不当な請求とかではなく、普段agentの立場でそんな事まで断言できないよ!ってな事まで断言して保証する、という類の内容。それホンマのホンマにしてくれるの?という疑問が浮かんだ私は、それをニシャンタに伝えたのだが、彼は、私の目の前で担当者に電話して「やっぱりそう言っている。全部この会社が責任持ってくれるんだ。」などと叫ぶ。
ただ、彼は、基本的な貿易用語とその仕組みをほとんど知らない状態だ。確かに細則まで行くと各国で手続きは違ってくるだろう。スリランカのそこの部分については彼の方がよく知っている。だが、ここで問題になっているのはもっとも基本的なルールに関してで、それは各国共通だ。それがバラバラだったら貿易は成立しない。「それは普段international
ruleに従うべき範囲で、それからすればあり得ない話なんだけど大丈夫か?」と何度も説明した。もっと詳しく例を挙げて説明したかったが、その前に彼に冒頭に述べたような貿易用語を知ってもらわないと意味がない。
それに言葉の問題もある。お互い母国語を使えないので、もしかしたら伝えたい内容と表現した内容に乖離があるかもしれない。話していても平行線をたどるだけなので、とにかく私の考えを文書にまとめ、彼だけでなくルナやハリンディにも読んでもらうことにした。読み手に届く表現力が私になかったらそれまでである。さて、どうなることやら。
8月4日(土)「自転車」
毎朝、何かを荷台に載せて、自転車のおじさんが大声で我らがハウスの前を通り過ぎていく。ナニ?ニシャンタによると「移動魚屋さん」毎朝海辺の海岸で仕入れて自転車で売り歩く。海沿いから遠い地区まで。これは午前中だけだそうで、午後になると家に戻って自営業など他の仕事に勤しむそうだ。
時々、ハンドルの所に大人!を乗せて、自転車が我らがハウスの前を通り過ぎていく。ヘ?ルナによると恋人同士が多いそうだ。この間は太めのガールフレンドと細めのボーイフレンドだった。彼氏がんばれ(^_-)。
ヒダヤッだーっ
ヒダヤッ外観この辺りでは超スタイリッシュ
ヒダヤッIndianHut。比較的裕福層の社交場
ヒダヤッのfoodcityの米コーナー
同じくfoodcityの生菓子コーナー
8月5日(日)「ムスリム街のショッピングセンター」
休日、ルナと2人で夕方近くのムスリム街に出かける。スリーウィーラーで10分程度のところであるが、我らがハウスのある住宅街とは打って変わって喧騒の街である。埃で蒸せかえる道の脇に、魚屋さん、八百屋さん、その隣にパン屋さんと食料品店が並ぶ。店の前まで来ると各々の食料の臭いが埃に加わる。なかなかやるな、この臭い(-_-;)。拡声器からはコーランの祈りの声が音割れしている。本当は60ルピーほどのはずなのに、運転手は100ルピー取っていった。
センターに入ると1階は食料品、2階はレディース物及び日用品と家電品、3階はメンズ物である。ずぅーっと前に訪れた中国の田舎の百貨店がこんな感じだったかな。何を買うでもなくブラブラ。後ろから警備員が私たちの後をついてくる。私ら不審者か?考えようによっちゃ超安全体制。
すぐ隣のIndian Hutでインドのカレーを堪能。ルナは久しぶりの母国の味で嬉しそうだ。バーモントカレー激辛を7倍程辛くした味と言えばいいか。でも味自体は私にとっても懐かしい味。日本のインスタントカレーの味♪
インディカに予め手配してもらっていたスリーウィーラーが急遽来れなくなったとかで、仕方なく長い客待ちの列を作っている一台に乗る。人なつこく話しかけてくるドライバー。ヒンディー語OKらしい。なんと60ルピーだった。ルナは大興奮。「やっと誠実な人が見つかったわ!」早速携帯番号を聞いてメモろうとするがペンからインクが出ない。彼は近くの八百屋に駆け込みメモして持ってきてくれた。ナイスガイ。
8月6日(月)「そのムスリム街はHIDAYATH(ヒダヤッ)といいます」
かねてより記述しているVTAのプロジェクトとは別に、津波後、政府によって強制移住させられた地区の人々の自立支援プランがあり、このプランでも何とか資金を得たいと画策中である。東京オフィスより受け取っていた確認事項を英訳し、スタッフに説明する。最近、スタッフと仕事の話をするときは、まず書面で私の意見を明示するようにしている。どーもオーラルコミュニケーションだけだと不安なのである。まだシンハリングリッシュに慣れてない。うーん私の力不足(ーー;)。
夕方、前日に続きルナとムスリム街へ。今日は歩いていく。30分弱。舗装済みのでこぼこ道(苦笑)、バスとスリーウィーラーと自転車とバイクがひっきりなしに交差する中を2人が歩く。間違いなく皆振り返る。明らかに外国人とわかる私。誰もミス・ワールドが来たとは思っていない、ええ。ちょっと人には言えないパーソナルな話(ふふふ)を真剣にしていたため、あっという間に目的地に。店のスタッフは「おうまたか」と振り返る。ドーモこんにちは。実は、途中でいっきなり私のサンダルがパカッと壊れた。靴コーナーでサンダルを購入する。ルナもスリッパ(ここではヒールのないサンダルをこう呼ぶ)を購入。私は375ルピー、ルナは475ルピー。どう見ても私の方が高そうなんだが。
インド小屋(インディアンハット)でマンゴージュースを飲んだ後、昨日のスリーウィーラーに電話。瞬く間に参上。気持ちよく60ルピーで我らがハウスまで送ってもらう。
8月7日(火)「またまたヒダヤッ」
3日連続。今日は往復ともにウォーク。計1時間のエクササイズ。ヒダヤッショッピングセンターではもう私たちは有名人である。身元不明の外国人が毎日来ているぞってな感じ。ご主人とともにバイクで帰宅したはずのハリンディとばったり出くわす。ここは結構安いので人気があるという。アイスクリームが20ルピーだとルナ大喜び(中心地だと50-80ルピー)、彼女は、自分が食べたいのでみんなにごちそうするといって数個購入(笑)。ヒダヤッまでの道はなんとかクリアできたぞ(^^♪。
ルナは私が来るまで私用で外に出ることがほとんどなかった。事務所の車と運転手はあくまで仕事第一優先だ。彼女は事務員で外出してまでの用事はあまりない。仕事のない週末はジャイシンガーも家のあるコロンボまで帰る。ハリンディはもう既婚でしかも身重。簡単に呼び出せない。現在通っている英語・IT学校の仲間はいるが、彼らの家まで遊びにいくにも1人ではなかなかいけない。普段の週末は、インディカと2人で過ごすことになる。「無謀に一人で出かけてみんなを心配させられないし。でも刑務所にいるみたい。」バルコニーから外を眺めるだけの日々。こんな生活(特にプライベート時間)を2年間彼女は続けていたという。
女性にはまだまだ保守的なスリランカ社会、外国人だから多少大目に見てもらえても、やはり「郷に入っては郷に従え」は重要だ。でも籠の中の鳥で誰が満足できようか。そんな悩みは、特に20代半ばの彼女にとっては、そりゃあもう深刻。それで今回の3日間ヒダヤッ観光?である。彼女にとっては初めてのアドベンチャーなのだ。気兼ねなく話せて一緒に出かけられる女友だちがほしかったと。そこに私がやってきたということで、彼女から「よかったら是非一緒に外出してくれないか」とお願いが。合点承知の助とはこの事である(古くてすみません)。現地スタッフの生活が少しでも楽しくなるなら、これも一つのボランティア活動ととってもいい?
前事務所近くのお店のご夫婦(受益者)
8月8日(水)「嬉しい訪問客」
嬉しいお客様が。
移転前の事務所のすぐそばでお店を構えていたご夫妻がバイクでいらっしゃった。ルナによると以前は結構大きなお店を出していたという事だが、津波で全損。その後、お店を再開し今は小さいながらもなんとか切り盛りしているらしい。またご夫人は、アムルトのマイクロビジネスコースのミシンクラスを卒業し頑張っていらっしゃるとか。訪問時のドレスもお手製だ。「私たちがお店で買おうとしたらお金を受け取ろうとしないの。」とルナ。そんなご夫妻が、どうしているかとアムルトハウスを訪問してくださった。本当に、本当にありがたいことだ。
8月9日(木)「お金と仕事」
何をするにもまずお金が必要だ。残念ながら。援助する側のスタッフも各々の生計がある。給料はそりゃあ多いに越した事はない。困っている人を助けたい。けれどその前に自分達が不安定では何もできない。各々の家庭の幸福がまずは大事。それでいいと思う(少なくとも私はそう思う)。
ここスリランカでも、世界中から大小、有名無名、様々なNGOが集まっていて、当然、そのNGOや関係機関の間で雇用市場が生まれる。特に現地スタッフにとっては、彼ら自身も被災者で、前職を失って収入が減った経験を持つ人もいるだろうから、大きな関心事である。
ここアムルトもこのような雇用市場の波にのまれたことがあると聞いた。
当然、高い賃金を払える大手組織が魅力的なのは言うまでもなかろう。ただそれで高コスト体質になった大手組織が、獲得した資金を、どれだけ効率的に助けを必要とする人々へ回せているのか、という問題がついてまわる。それを利用して、中小組織が「こちらは薄給で我慢して受益者に少しでも多く援助を届けられるよう努力しているのに」と、吠えることもできるだろう。ただ、中小は今一度、なぜ中小規模のままなのか、なぜ広くかつ十分なファンドを得られないのか省みる必要があるのだろう。大手が高賃金にあぐらをかいてはいてはいけないように。
で、結局はそこで働くスタッフ一人ひとりの価値観がどうなのか、という事になるのだろうか。当人の人生がかかっている。シビアな選択、でも当然、当たり前の選択である。どのような選択もアリなのだ。が、最終的に組織に長くとどまるとしたら、そこにいる心地よさといった触感・感覚的なものや、行動に突き動かされる引き金的なものが共有できるからなのだろう。それが次第に各組織のアイデンティティとなっていく。どんな人たちがそこで働いているのか、それに尽きる。(と、ここまで書いて私の頭のパワーが尽きました<m(__)m>)
運んできたのは牛乳ではない
米を仕入れ中
8月10日(金)「何をしているんだか」
昨日、どっかの評論家みたいな文章を書いたもんだから、今日は頭がぼーっとしている(+_+)
いや、ぼーっとする暇があるのである。実は。今日なんか、何げなく向かいのスーパーを見たら「北海道牛乳」と書いてある冷蔵車が停車中で、一瞬「あー牛乳配送車か」と思ったが「ここはスリランカではないか!」何を運んできたのだと、30分程バルコニーの影に隠れて(そんな必要はなかったのだが。刑事物ドラマの見すぎか)張ってみたが、わからなかった。チッ。
8月11日(土)「何をしているんだか2」
昨日、どっかのプー太郎みたいな文章を書いたので、今日はさらに頭が痛い(T_T)。と、冗談はさておき。
今日は、津波で強制移住させられた住民の自立支援プランに関する東京事務所からの質問事項の件で打ち合わせ。ある程度情報が集まったと聞いて臨んだが、実はほとんど情報収集がなされてなかった。質問事項を渡した時に、わからないところはないか確認したところ、「ない」との答えだったのだが。
難しい内容ではない。コストの項目で「必要機材と原料」という名の下に合計額のみ示されているのを「具体的な機械名、原料名とその数量を知りたーい」、トレーニングの講師料金と授業に使う原料が一緒になっているのを「分けて明示してね」等である。合計される前の金額をそのまま教えてもらえばいいはずなので、簡単だと思っていたらさにあらず。
これら自立支援プランに必要な資源(人もモノも)は全て担当の政府部署(Industrial Development Board: IDB)から支給され、アムルトはそれらを利用して実施する催行業者の立場にあるらしく、コストの詳しい中身は確認しないまま、当該部署から教えてもらった大まかな金額をそのまま載せていたようだ。コストの中身はIDBの担当に聞かないとわからないらしい。それはそれでいいのだが、それではその担当に聞く準備を既に始めていると思っていたら、何も進んでいなかった。
と、いう事が「本日」判明した.....。渡された質問事項に全部目を通して、質問意図が理解できれば、調査先ごとにまとめ直して(いや、実質IDBのみなのだが)、一度の面会か電話で全部調べきれるように下準備をして、アポ・面会/電話...という流れをスタッフがしてくれると勝手に期待していた私の計算ミスといえる。キャリアがそれなりにある人ばかりだし、細かい仕事のプロセスまで確認するのは失礼にあたるかなあと思ったのと、スリランカでの仕事の流儀というものもあるだろうと遠慮がちだった。
結局、来週中を目処に動いてもらうことになった。
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