現地報告レポート 第1回(2007年7月19日〜7月31日)
第2回(2007年8月1日〜8月11日)
第3回(2007年8月12日〜9月9日)
第4回(2007年9月10日〜9月30日)
第5回(2007年10月1日〜10月14日)
第5回(10月1日〜10月14日)
ビルの1階を借りてます
生徒から社会人まで。
笑顔いっぱい。
10月2日(火)「新コイヤマット販売開始
8月初旬に出荷したコイヤマットがe-kokoro(イーココロ)で発売開始!今年2-3月にかけて当サイトで行われたコンテストで人気投票1-3位を獲得した作品だ。一つ一つ手作りで、受益者が生活の合間を縫って作り上げた。2ヶ月以上かかってやっとできてきたという。私は船積みのお手伝いを少ししただけだけど何だか嬉しい。これをきっかけに、購入者-アムルト-受益者の距離が顔の見える形でつながるようなことが起きればいいなあと思う。
10月3日(水)「日本語学校訪問 in Matara」
マタラにある日本語学校を訪問した。先月20日に事務所を訪問された日本語教師(チャンダナさんという)がオーナーだ。約15名前後の生徒。17歳と最年少に20歳前後の学生、社会人が主。うち男性5名。日本渡航経験者2名。残りの受講生にとっては、なんと、この私が生まれて初めて会う日本人!ゲホ(むせる)。
「何でも聞いてくださいね。」「大森さん!」「はーい♪」「何歳ですか?」
オンナに二言はない(爆)。「何歳に見える?」「28歳?」「31歳?」ちょっと自己満足に浸ったあと、正直に公表した~!男性陣ドン引き(爆爆)「ただーし、ここだけの話にしておいてね<m(__)m>」一人の男性が優しく「28歳だって他の人には言っておきますよ(^^♪」「ボホーマ ストゥティ(有難う)(^^)/」
予め頼まれていた「早口言葉」「ことわざ」講座以外に、箸の使い方、住所表記(都道府県、市郡、区、町、村)、恋愛結婚・お見合い結婚(皇族の結婚の話も)、着物はいつ着るの?、などなどの話題で盛り上がる。
私が外国人だったら日本語なんて絶対勉強しないぞ。だってひらがな・カタカナ・漢字と3種類もあって漢字の読みも1つじゃない。それに日本でしか話されてないし。他にもっと使い勝手のいい言語たくさんある。それなのに日本語を学び始めてくれたのはなぜ?この際理由はどうでもいいか。
そんなみんなに感謝、感謝の1日であった。でも年齢だけは内緒ね~~~~~っ(-_-)
10月5日(金)「コロンボでデモ」
早朝にニシャンタとジャイシンガーがルナのビザ延長手続きでコロンボに出かけたのだが、早々に引き返してきた。道中で、出入国管理当局の担当者から電話があり、「コロンボで野党主導のデモがあり、あちこちでバリケードが張られているので、今日はこちらに来ない方がいい。」と通達があったらしい。
電話をもらっただけでもありがたい、と考えるようになった私は少しはここの人の感覚に近くなったかな。
10月6日(土)「IFAD:international Fund for Agricultural Development(国際農業開発基金)」
ここ1週間は、組織に関するスリランカ政府のプロジェクトの動向(最新情報)を探りにニシャンタが奔走している。プロジェクトの鍵を握る役人に会って、ほしいネタ(まるで刑事)を聞き出そうとしているのだが、もっている情報を出し渋ったり、情報自体が正確でなかったりするのだそうだ。あ、どちらかといえば夜討ち朝駆けの新聞記者か。このネタを元にIFADへのプロポーザルを作成するのだそうだ。
建築で言うと施工主(政府)の意向を上手く汲み取って施工業者に指名されたい、その為には施工主がお金を借りる先の融資機関(IFAD)にアプローチをしておく、ということのようだ。また、融資先が施工主に「ここの業者でさせるから」と直接、施工業者に注文することもあるようで。(9月8-9日の報告でも同様の記述あり)
なんとかノミネートされてほしいと願う反面、規模が大きくて組織体制を短期間で拡大しなければならない事態も予想され、リスクも大きいと思う。舵取り役になる人の力量が成否のポイントになると思う。
10月8日(月)「新コイヤマットの品質」
東京から写真が2枚ほど送られてきた。あるデザインのコイヤマット。よーく見ると、色にムラがある。写真なので少しわかりづらいが、確かに同じ黄色のはずの部分が中央と端とで色が違う。そう、中央部分の色は、少し青み?緑?がかっている。ほんの少しなんだけど。消費者にはわかるなあ。うーん、これは不良品扱いだなあ。製作者には気の毒だが。日本市場で通用する品質を知ってもらう必要もある。受益者が本気で日本市場を目指すのなら。ビジネスを始めたばかりの受益者にはシンドイかもしれないが、もしこれをクリアして日本の消費者に受け入れてもらえたら、彼らにも多大な自信になる。信じている。
10月9日(火)「停電とニュース」
ちょうどワーキングタイムの時間を狙って(笑)停電が起きた。事前に通告されていたとはいえ、やはりしんどい。どれだけ自分が普段の生活が電気漬けなのかが痛いほどよくわかる。
スリランカのカントリーサイドには水道、電気、ガスといったライフラインが未だ整備されていないところがある。それが少なくないと感じるのは、テレビを見ていると、やたらと「水道の整備されていない~地区の~さんは、自宅横の河川の水を家屋まで引水する装置を作り上げました。」とかいうニュースを目にするのだ。最初は、「地元のエジソンさん」てな感じのトピかと思っていたが、「そんなにたくさんエジソンさんニュースは要らへんやろ」
「頑張ってるニュース」といえば、全国試験で1~3位だった生徒とその家庭を大々的に報じ(これまたしばしば貧しい家庭だったりする)、今後の彼らの学業に関する一切の経費は政府が負担するといったニュースなどが代表的な例だ。
「不便な中でも工夫して頑張っている人がいる。だからみんなも今しばらく?与えられた環境で努力しよう。」という送り手側のメッセージなのか。いやそれは深読みか。
10月10日(水)-11日(木)「淘汰されるNGO?」
定期的に開催されているDSオフィスでのNGO連絡会議。最近は出席するNGOが少なくなっているらしい。NGOと政府、NGO同士のタテヨコの連絡網を活用しないとは。はて?NGOの中には政府の干渉なしでやりたいところがあったり、故意に(とは思いたくないが)活動期間を延ばして必要以上のコストをプロポーザルに上げてきたり....また実体さえもないNGOもあるようで(なので、NGOワーカーとしての労働許可を取るのがだんだん厳しくなってきているという噂)。地元のDSもそういった政府に協力的でないNGOからの各種の証明書は推薦状等は厳しく対処するというおふれをついに出したらしい(というかその連絡会議の席でチーフオーガナイザーが喝破したとか)。ニシャンタは「遅すぎたくらいだ」「ダラダラ活動して無駄に費やされたお金が...ホントに...」と、ブツブツ言いながらも溜飲を下げたよう。
10月12日(金)「恒久住宅サイト訪問を通じて」
ヒッカドゥワ地区にある様々な団体による恒久住宅サイトを駆け足で見て回る。津波前は漁業を営んでいた世帯が多い。海岸から近くのサイトは漁業を続けられるも、10km以上も離れたサイトはそうは簡単にいかない。ただ、最近は交通の便が改善され30分で海岸へ行けるそうだ。がそれでも、交通費がかかるということは大きな痛手だろう。網や船の管理も容易ではない。ちょっと歩けば辿り着けたのだ、昔は。
海岸近くのサイトにある一軒の前で車のクラクションを鳴らす。誰も出てこない。留守のようだ。ニシャンタ「我々の受益者がここに住んでいるんだけど。」いろいろ話を聞きたかったようだ。
通常のフィールドワークを一手に担当しているニシャンタやジャイシンガー(運転手)を見て思うのは、例えば、受益者の名前とその世帯状況、ゴール一帯の道路地図情報(何せスリランカには売ってない)、主要政府関係者(時には大臣に至るまで)情報など、ぜーんぶ頭に入っているのである。それらの情報は、地元政府主催のNGO連絡会議等へまじめに出席し、また時間があれば受益者を訪問するなどして、ほぼ最新状態に保たれている。
そこには「仕事として」という概念はないように思われる。行動へと突き動かすモノが違うところから来ているように思う。そして、そこから発した行動による結果はものすごい記憶力でもって鮮明に脳にインプットされる。ま、簡単に言えば「情熱や興味の対象については、ヒトの吸収力はすごい」って事なんです、ハイ。そう考えると、データベースとかいう代物にあまりにも頼りすぎている日本人の脳力の低下を気にする始末。
10月13日(土)-14日(日)「そろそろお別れ」
ハリンディとルナは涙で送り出してくれた。一番多くの時間そばにいて、たくさんの事を教わった。それはNGOの活動はもとより、日本とは異なる文化背景(たぶん私たち日本女性の感覚からすると恐ろしく束縛された社会通念)に生きる女性としてどう生きていくか、についても。教育、恋愛、結婚生活。等身大の現地の女性の思いを打ち明けてくれた。
ニシャンタは最後に自宅での夕食に招待してくれた。2歳の男の子は英語を学び始めている。「日本が大好き」「日本へ行きたい」家族で「またスリランカに来てね」と。困っている人への思い入れは人一倍、いや10倍、100倍。事務所を去るとき思いがけず涙目のニシャンタにもらい泣きしそうになるが、我慢。
ジャイシンガーはいつも陽気に「Good morning」時間かまわず、である。そして「Eat,eat,eat」とにかく食べて元気に、である。ツーリストカードライバーとしてのキャリアを持つ彼は、周囲への気配りも素晴らしい。
インディカはいつものんびりムード。彼独特のスローな英語で何度心和まされたか。ここでの暮らしを快適に過ごせたのも彼のおかげ。夜中にねずみが私の頭をかすめ、大騒ぎしたときも退治してくれました。
最後は、用事でゴール近郊に来たジャイシンガーのご家族一行も同乗し、彼の運転とルナ同伴で、コロンボ経由で空港へ。最後に 現地の人々から心の垣根を低くしてもらえるように尽くし、そして感じた事を素直に、自分に嘘はつかない報告をしよう。それだけ心がけました。「日本人としてもっと貢献できることがあるはず」という意気込みは、未熟な私ではついつい傲慢さを伴って態度に表れそうな気がして。
――――「伝えること」と「想像力」、そして「信じること」。
みんなが支援現場を訪れるのは不可能です。せめて何かの縁で現場を見た人がそこで目撃して感じた事をいろんな人に伝えていくということ。話し手がジャーナリストや国際機関、NGO専門スタッフでないフツーの人だったり身近な人であれば、聞き手も、なんとなく遠くの国の出来事をぐっと手許に引き寄せられるのではないでしょうか。そして聞き手は、できれば想像力が豊かであること。それは特別なことではなく、例えば好きな人ができると「あの人、今頃何しているかなあ」と想像する、アノ感覚に近いもの、とでもいいますか。離れているコト・モノ・ヒトに思いを馳せるチカラを持つ事を聞き手にお願いする。願わくは、聞き手がその友人に伝えてくれて、これまたその友人が別の人につなげて....そんな数珠つながりを期待するくらいしか、私にはできそうにありません。が、忘れないこと、聞き手を信じて伝えることは、一生変わらず続けていこうと思っています。そしてそのつながりの中で、誰かの行動に少しでも変化が生まれたらこんなに嬉しいことはありません。それを信じ念じております。
東京オフィス大公開(笑)
そして最後に。
3ヶ月お世話になったスリランカオフィスのスタッフとスリランカでお会いした全ての人々にお礼を申し上げます。
また、このような素晴らしい機会を、こんな私に与えてくださったアムルトインターナショナルやアムルトジャパンの皆さんの寛大なる決断と勇気(本当にそうだ~)に心から感謝と敬意を表します。
そして、私の拙い文章を読んでくださった皆様、どうもありがとうございました。
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