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現地報告レポート
第1回(2007年1月12日〜1月19日) 第2回(2007年1月20日〜1月26日)
第3回(2007年1月27日〜2月2日) 第4回(2007年2月3日〜2月9日)
第5回(2007年2月10日〜2月18日) 第6回(2007年2月19日〜2月25日)
第7回(2007年2月26日〜3月7日) |
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5人目のボランティア調整員を勤めます佐藤裕幸です。国際協力と呼ばれるような分野での経験は全く有りません。前任者の方が専門的な視点から報告されておりますので、私は自分の社会人としての経験・専門分野を活かしつつ、別の視点からの報告が出来ればよいかと考えております。よろしくお願いいたします。
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第1回(1月12日〜1月19日)
1月12日(金)
深夜便でコロンボに到着。2002年に一度訪れたことがあるので懐かしいかと思いきや建物が新しくなっていて驚く。一部建設中のようだが、とてもきれい。深夜にもかかわらず迎えに来てもらい、コロンボのオフィスへ移動。途中、あちこちで警察や軍が検問をやっており、内戦の続いている国だなと実感する。我々の車も止められたが、形だけ中を覗いて終わり。こんな時間でも、割とたくさんの人がまだふらふらと出歩いているが、何をやっているんだか。深夜2時すぎ、無事にオフィスに到着。ここは2階建ての家を使っている。1階に机を1つだけ置いてそこをオフィスとして使っている。2階の1部屋を借りて就寝。
1月13日(土)
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| コロンボ郊外。日本と同じく車は左。 |
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| ゴールのオフィス |
15日(月)が休日と聞き、何としても本日中に活動拠点であるゴールに居るメンバーと顔を合わせておきたく、ゴールまで移動。スリランカ時間は、日本との時差3:30に変更されたとのこと。インドに合わせたらしいのだが知らなかった。時計を修正。ゴールまでの道程、海岸沿いを気持ちよくドライブするんだろうと勝手にイメージしていたがとんでもない。店や家の前を通る道が続く。しかも交通量が多い上に運転がとても荒く、バスやスリーウィーラー(小型3輪車)がたくさん走る中、追い越し放題のメチャクチャな状態。多分、事故も多いはず。交通環境を整えていくこと(道路拡張だけでなく、マナーなども含めて)も、いずれ必要になってくることだと思う。(アジアの中でもかなり悪い方ではないだろうか?)
3時間ほどかけて、ゴールのオフィスに到着。皆さんと顔合わせ。こちらは2階建ての家の1階を借りており、居間の部分?にデスクやパソコンを並べている。キッチンやダイニング、トイレとシャワーも有る。エアコンは無く天井にファンがついている。蚊がたくさん出るのでベッドには蚊帳。蚊帳って、アフリカなんかでは必需品なんだけど、表面に塗って有る薬品の効果が無くなるため有効期限があるんだよなあとか、それを画期的に改善した日本の蚊帳はなんて名前だったっけ?などと中途半端なうんちくを思い出しつつ就寝。
1月14日(日)
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| 津波の被害が残る家で今もなお生活する人はまだ多い。 |
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| 同上(車内からの撮影の為、反射して少々見難い) |
短時間だが雨が降ったため湿気がすごく、日本から持ってきた資料が読んでいるうちにしっとりフニャフニャに。サンダルが欲しいとお願いしゴールの町へ。町ではプライベートスクールに行っているというたくさんの学生が本を抱えて歩いている。日曜の昼なのに。
靴屋に入るとレジーに津波直後の店の状態の写真が置いてあり、被災地であることを実感。午後再びコロンボへ移動。ところどころに破壊された建物が今も残されている。半壊した状態で住み続けている人も多いようだ。ゴールは被害の大きかった地区の一つで津波は高さ30フィートほどだったとのこと(ドライバーのジャイシンガー談)。ゴールのオフィスで食事を作ってくれるインディカも津波を体験しており、増水する中を泳いで木に登り生き延びたと言う。今、津波がもう一度来たら避けられるのか?津波の警告が、ラジオも聞かずに走っている我々に伝わるのか?再発防止はどうなっているの?津波後の支援のプロジェクトに参加しつつ、そこをおさえていない私は、まだ本当に現地の人の身になってはいないのだろう。再発防止とその情報展開を。
1月15日(月)
スリランカの休日。
スタッフも休みの為、コロンボのオフィスで今後の計画等の練りながら過ごす。
なお、我々は普段ゴールで活動しており、そのメンバーは、
ニシャンタ:フィールドでの作業を担当。
ハリンディ:事務作業を担当。
ルナ:事務作業を担当。
ジャイシンガー:運転手。
インディカ:ゴールでの食事などの面倒を見てくれる。
フローリン:コロンボでの食事などの面倒を見てくれる。
なお、カントリーマネージャーのマヌは、
スーダンでのプロジェクトに参加し長期不在。
実務は3人+私ということになる。
(各自の写真や経歴は追々出てくることになると思います)
1月16日(火)
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| 漁に使うと思われる船 |
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| 被害を受け放置されたままの船の残骸 |
9時にコロンボ発の予定が、9時朝食の10時出発に。いきなりこっちのペースに乗せられ反省。途中、気にしているからか、職業訓練学校や英会話教室が目に付く。海岸では10人程度で地引網漁をしているのが見られる。こちらのマイクロビジネスアシスタンスの中で、コイアマットの製作を行っていたが(前任者報告書参照)、まず最初に編んで作るロープそのものを網にも使える(使っている?)のではないだろうか?
海では小型の船での漁も昔から行われていると聞いているが、あちこちに泊まっているあれがそうかも。コイアマットの元のなる繊維?は、昔はココナッツを海水に漬けて叩いて潰して乾かして....という作業を女性がやっていたと聞いたことがある。しかも海水に深くに沈めて、数日後に取り出す結構な重労働だとか。最近は陸で水に漬けておくし、叩いたりうんぬんは、機械だと言う。繊維そのものの生産者の利益拡大にも貢献出来ると良いな。等々いろいろ考えているうちにあっという間の3時間である。ゴール、コロンボ間の3時間は非常に有意義な時間。何往復でもして見聞を深めたい気分。
ゴールに着くも出遅れた為、ニシャンタと合流できず、仕方がないのでオフィスの書類をひたすら読む。内容は過去の報告書と同じなので省略。
19時に戻ったニシャンタに、近日開催予定のJICA主催の展示会(津波被災者が作製した製品の販売振興の為のもの)の件を尋ねる。進捗を心配していたが、参加する受益者も製品も既に決定しているとのことで一安心。詳細は明日検討することとする。
(受益者の製作品については、HP上にあると思いますのでご覧ください)
1月17日(水)
いきなり明と暗を見せられる。12月に終了したPullerCart(屋台)のハンドオーバー式に参加。10日間の講習を終え、いよいよ受益者が屋台と食材等(各自希望したもの)を渡す日である。関係者の挨拶の後、皆が見守る中、一人ずつ順番に渡していく。受益者は笑顔で皆の拍手で送られていく。皆、自分の屋台を手に入れて、とても嬉しそうな表情。スタッフ皆、今日は非常に良かったと大満足。車が食材満載の為、乗れなくてハリンディは留守番。来たかったらしいので悪いことをした。
屋台は簡素な作りで、細い角材を溶接した骨組みに、板とトタン(?)で作業台と屋根を作り、自転車のタイヤを付けたもの。長期の使用に耐えるのか不安になるが、メンテナンスが簡単なので受益者自身で保守していくことが出来るであろう。早速、大切そうに拭いている姿を見ると、こちらも嬉しくなる。今回は体に障害を持つ人々が対象であり、仕事を得るのが難しかった人も多く、余計に心に響く。実際に仕事をしている姿も是非見に行きたい。衛生面の教育もプログラム内に含まれているので、我々の屋台であれば安心して買えるし。(ちなみに、事後調査も十分行っている。)
オフィスに戻ると一人の女性が来ていた。マイクロビジネスアシスタンスのプログラムをもう一回受けたいと言っているらしい。実はもうコイアマットの製作キットを持っているそうである。それなのに今度はミシンのコースも受けたいと毎日言ってくるらしい。1時間以上、ニシャンタと揉めていた。きちんと説明して断ろうとしているのだが、まともに話を聞いてくれない様子。以前調べたところ、他にも複数の団体のサポートを受けていたらしい。あちこち回っているそうである。大声でのやり取りが続き。聞いている方も落ち込んでくる。到着数日目の私は余計なことを言わないよう、様子を伺うだけにする。せっかく良い面を見て皆ハッピーだと言っていたところだったので、少々がっかり。
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| ハンドオーバー式 |
式で熱く語るニシャンタ |
屋台に食材を積み込むジャイシンガー |
食材を積んだ自分の屋台で笑顔の受益者 |
1月18日(木)
朝、10分程度だったが停電した。昨日の女性は、元アムルトスタッフが居る別の団体のところへ押しかけたらしい。ニシャンタが調べたところ、彼女はメンタル面の問題を抱えていて、服薬を続けていることが分かった。津波による生活環境の変化等が関係ないとは言えないであろう。津波直後の緊急援助段階(食料や水等)を終えた次のステップでは、心理面のサポートもアムルトで行っていたと思う。物の援助だけでなく、そういう面も非常に重要であろう。
電話代の請求書が届いた。情報を得たり、メールの送受信の為にインターネットに接続することも有るのだが、昼は高いので極力夜7時以降にしている。その為、夜間に作業をすることもある。余計なことにはお金をかけない。当然のこと。
JICAの支援で空港を使って被災者の作製したいろいろな製品(我々の場合はマットや布製品)の展示会が開かれるが、目前なのに情報が少なく、直接JICAに連絡を取る。やっと仕事を始めた気分になる。団体名や地名等、ほとんど一夜漬けというか、うろ覚えの状態なので少々冷や汗をかく。
1月19日(金)
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| 訪問者と会話するニシャンタ |
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| 展示品チェック中。この後、実はまだ4つ足りないと言われ慌てる。 |
午前中から、我々のマイクロビジネスアシスタンスへの参加を要望する人や、以前の参加者等が次々と訪れる。次のアシストを求める人にはニシャンタが一人ずつ聞き取りを行う。受益者の選択に当たっては、非常に慎重に進められており、津波被害の状況やポリスレポート、実際に家まで行っての確認等を行って、さらに地域の役所の承認まで得る。ここまでやるから、地域の公的機関にも信用されている。ただし、当然時間もかかる。外へ出る仕事は現在、ニシャンタ一人で行っているので、結構忙しい様子。
展示会について、主催者側が事前に展示物を選ぶ為に各応募者、団体を回るという情報を昨日得た為、地元の担当者とコンタクトをとろうとしていたのだが、やっと今朝連絡がとれた。月曜日午前中に地方の役所のようなところに持って来いと言う。こちらから連絡取らなかったらどうなったのやら少々不安になる。展示物は決まっているとのことなので、見せてもらう。品質面では問題無いが、デザインはまちまち。すぐにでも日本で売れそうなものから、単調すぎて少々難があるものまで様々。展示会は空港で行われると言うことで、市場拡大の良いチャンス。皆、力が入っている。現在のところ、販売はゴールの町で少々とアムルトジャパンの注文ぐらい。一部の受益者はコロンボまで売りに出たりしているらしいが。販売ルートが確立されて製品のリクエストなども来るようになれば、デザイン面等でいろんな意見が届くであろうから、商品性も上がっていくはず。幅広い市場への展開を考えると、市場の動向を知り、商品性を上げることが必須。展示会でいろいろな感想が聞けるようになっていれば良いが、無人の展示だそうなので難しいか?日本でもアジア雑貨の店はあちこちに在るので、そこで扱ってくれると良いと思うが、発注、生産、販売のルートを確立するのは、現時点では受益者だけでは非常に困難。きっかけ作りとして、今回の展示に期待大。
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