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現地報告レポート

第1回(2007年1月12日〜1月19日)
第2回(2007年1月20日〜1月26日)
第3回(2007年1月27日〜2月2日)
第4回(2007年2月3日〜2月9日)
第5回(2007年2月10日〜2月18日)
第6回(2007年2月19日〜2月25日)
第7回(2007年2月26日〜3月7日)

第3回(1月27日〜2月2日)

1月27日(土)
スリランカの交通事情について。コロンボの渋滞はすごいが、ゴール付近も交通量は多い。車に加え、たくさんのバス、スリーウィーラー、バイク、自転車、時には牛に引かせた荷車まで。さまざまな種類の乗り物が決して広くはない道を走っている。よく考えるとゴールには信号機が無いような気がする。思い出せない。ゴールからコロンボまで向かうときも、コロンボ市内まで信号機は無いんじゃないだろうか?そんな中をたくさんの車が暴走する。本当に追い越し放題なのである。路側から対向車線まで目一杯使って次々に追い越す。追い越してる車を追い越そうとする無茶な車もいる。前の車におとなしく追走するという考えは無い。前の車に追いついたらそれを追い越す。対向車が途切れる瞬間を狙う。前の車が避けてくれないと間髪入れずクラクション。だからとてもうるさい。ジャイシンガーも運転は上手いが結構とばす方だ。ただし、常に周りの状況に目を配っている。かなりの緊張感をもって運転している。よくあの集中力が続くもんだと思う。歩行者も車は怖いと分かっているので、道路を横断する時はかなり気をつけるし、歩くときもかなり気を使っている。まあ命がかかっているからね。

写真は、ゴールロードを爆走するバス。信じ難いことに、この2台のバス、公道で抜きつ抜かれつのデッドヒートを演じているのである。これは、反対車線を一杯に使って追い越しをかけている瞬間である。次のバス停に先について、そこの客を乗せたいからだとか。見ていてかなり怖い。(ジャイシンガーが先に行かせたくらいだから)

もちろんこんな状態で事故がないわけがない。事故を目撃するのもしょっちゅうなのである。こんなのまずい。この状況を抜け出すのは大変だろうが、早急に取組んでいかないと死亡原因の第1位が交通事故なんて馬鹿なことにもなりかねない(さすがに今はまだ違うと思うが)。

私は、国際免許証を一応持ってきておいたのだが、こんなところで何か有ったら大変なので運転するのは諦めた。自分で安全運転していても、もらい事故が十分起こりうる。今日のことではないが、ゴールの町の渋滞の中をゆっくり走っている時に、我々の車の後ろにバイク(?)が当たった。明らかに“ゴン!”と音がしたのだが、ジャイシンガー全く気にせず。「え?今当たったよ?当たったよねえ。ねえ?」とうろたえたが、皆があまりにも平然としているのでそんなもんかと思い黙っていた。この数日で2度ほど同じ目に合ったが気にしてない様子なので、そういうもんかと納得。(して良いのかな?)

ちなみにジャイシンガー。サウジアラビアの石油プラントで30年働き、その後スリランカで観光用長距離タクシーのドライバーを数年。その後、その車でアムルトのドライバーへ。シンハラ語、英語、ヒンズー語、アラビア語を話す。時々見せる電光石火のクラクションとハードブレーキングに何度助けられたことか....腕は良いですがくれぐれも無理なさらぬよう。

決死の公道バスレース。怖い。 バイクがバスに。
バスがらみが多い。
無理するから。 .......。


1月28日(日)
ほうきやブラシなどを買うために、ゴールロード沿いの小さな店に立ち寄る。何気なく商品を見ていると、やし繊維のロープが売っていた。我々の受益者も作っているやつだ。我々の受益者は、ここからさらにマット等に仕上げている。その横には、そのロープを輪のようにして作ったなべしきも売っている。いろいろ使えるもんだ。ほうきにもやしの木を使っているらしい(写真参照)。束ている金属の部分には、空き缶を使っているのだが分かるだろうか?ある意味リサイクル。

その店で、布のマットを売っているので、作っているのかと聞いてみると、200ルピーで仕入れて売っているとのこと。我々の受益者が、150ルピー程度で扱っているものと同じようなものだ。その話をすると、サンプル見せて欲しいとのこと。営業活動。

さて、数日前に“熱が出る病”がはやっていると書いたがもう一つ、最近少々“盛ん”なのが、LTTE(タミルイーラム解放の虎。反政府武装勢力。あってるかな?)。数日前にインドで何らかのテロ活動をしたらしく、国内でも警察や軍が警備を強化。検問が非常に増えた。その後、土曜あたりに何かあったらしく(政府軍の反撃?LTTEの国内での活動?)ゴール~コロンボ間で特に警備が強化されているらしい。ジャイシンガーが町の人や警官に立ち話程度で聞いただけなので情報錯綜。そういえば、大統領もまだ居るみたいでホテル辺りに軍服が目立った。海からも監視しているみたいだし、少々物騒な雰囲気。今夜はTVのニュースをチェックすることにしよう。通訳インディカ(本当は料理担当)と一緒に。

やしの木を使ったほうき。
金属部は空き缶。
商品。左上;マット。
右上の緑色ブラシの下がロープ。
下の輪がなべしき。
ジャイシンガーに店の女性に話を
聞いてもらう。


1月29日(月)
毎朝、ジャイシンガーが車でニシャンタを迎えに行くのだが、今朝は出発後すぐ戻ってきた。何事かと思ったら、警察が道路を封鎖していて車が出せないらしい。すぐそこのホテルにまだ大統領がいると言うことか。しょうがないのでニシャンタは自宅待機。ハリンディは、途中までご主人に送ってもらい、残り数kmを歩いてきた。厳戒態勢だ。LTTEによる自爆テロ、スリーウィーラーや車を使った爆弾テロ、バスの爆破なども起こっているし、政府要人も亡くなったりしているので仕方ない。一応10時前にはとりあえず動けるようになり、ニシャンタも出勤。そういえばどうやって来たのか、既に3人ほど人が待っている。いつも大盛況。

昼ごろ、新聞記者だという人が訪ねてきた。新聞の記事にするらしい。活動風景の写真数枚とニシャンタの写真を持って帰った。大統領の取材ついでにでも立ち寄ったのかな?

午後、相変わらず検問そのものは続いていて、車は大渋滞らしい。ルナのビザ延長申請の手続きにDSオフィス(ほんの数キロ、頑張れば歩ける)まで行くだけで一苦労だったとのこと。しょうがないので、手の空いた時間を使って、アムルト号の床下の異音を調査。排気管の固定ボルトが緩んでいる。締め直して終わり。ちなみにアムルト号は日本生まれである。大阪府の車庫証明が取ってあるし、そもそも名古屋のカーディーラーのステッカーが残っている。7万キロ時点で中古車として流れてきたのを、ジャイシンガーが手に入れたとのこと。これでツーリストの商売をしていた。既に25万キロを走行しているが好調。毎朝洗車しているのは自分の商売道具だから。これも好感がもてる。大事にして下さい。

大統領の滞在でほとんど缶詰状態。ちょっと様子を見ようと歩いてゴールロードまで出たら警官に声をかけられた。しゃれにならんので引き返す。近所のおじさんにも声をかけられた。「あんたニシャンタのところの人だろ、まあ座っていけよ。」覚えてもらってた。近所の売店のおばさんとも仲良くなったが、近所の人達とはすでに顔見知り。

出かけられないのでミーティングをする。ミシンの受益者のデザイン能力向上のため、日本から本を送って参考にしてもらおうという活動をしている。HP掲載用に写真を取りに出かけた話は先週報告したとおり。で、その本の取り扱いについてどうするか。現在のところ、雑誌1冊、縫製の本5冊という少々寂しい状況。受益者の数に対して、本が少なすぎるというのがスタッフの意見。今はどうしているかと言うと、オフィスに置いたままではもったいないし、受益者が見に来るほどの冊数も無いので、ニシャンタが受益者を選んで貸し出している。それを元に製品を作ってもらい、ころあいを見て次の受益者へ。実際に、例の展示会用に集めた作品の中にもその本を参考にして作った製品が幾つかあるとのこと。早速有効に使われている様子。これは皆さんに是非ご協力頂きたいところである。何と言っても冊数が少ない。オフィスに小さなライブラリーを作って、ジャンル分けして並べたいんだけど現状じゃあどうしようもないと言うのがスタッフの本音。いつかたくさん本が持てると良いねと言ってます。と、ここまでは良い話であるが、今日は少々厳しく。少ないとはいえ、資産として管理していかなくてはならない大事な物。全て昨年日本から持ち込まれたものである。しかし、本の冊数と所在を確かめようとすると何だか怪しい。多分何冊とか、ニシャンタに聞かないと分からないとか(少々席を外していた)、貸し出し記録はニシャンタが作っているはずとか、どうも頼りない。ステッカーを貼ってそれぞれに番号つけて記録作って管理しないとだめだよと言うと、ステッカー貼付と番号付けは、日本のスタッフやってたよと言う。番号をつけるのは我々がそうしたいからじゃなくて、あなたたちが今後管理していくのに必要だからだよと言うのを分かってもらうのに少々苦労。そういう“大らかな面”を少々指導してあげることも実はたまには有る。今ここに居るスタッフは皆さん若いので、仕事の進め方と言う点ではまだまだ未熟さも残しているので。
(マイクロビジネストレーニングの屋台なんかはもちろん全部に管理番号を振っていて、誰が使っているか分かるようになっています。)

大事なアムルト号。
きれいだがぶつけた跡は
たくさんある。
中国製タイヤ。消耗が激しい。
バランスなんて取ってない...。
厳戒態勢。検問設置中。


1月30日(火)
まだ厳戒態勢は続いている。昨晩のニュースでは、その会議の模様が流れていた。何だか判らないが、大統領以外にもたくさんの要人が居る様子。もしかして、垂れ幕が出ているスリランカツーリズムフォーラムとか言うやつか?これって情報とらなくて良いのかな?まあ、一日本人には、近寄ることさえ難しそうだけど。新聞でも買うか。

先週からルナが会計作業をやっている。何だか知らんが、かなり前の集計が間違っているとやらで苦労している。全然進まないのでハインディも参戦した。で、作業を見ていると何だか手際が悪いので、私が持ち込んだポストイットを分けてあげた。これが大好評。怪しい部分に理由を書いてチェックして....。これは断然はかどると絶賛。こんなもの見たこと無いという。少なくともゴールには無いらしい。コロンボで探そうとのこと。思いがけない仕事のヒントになった。もっとたくさん買ってくれば良かった。鉛筆が無いと机の引き出しを全部調べたり、黒のボールペン持ってませんかと尋ねてきたり。質素な事務所生活だ。パソコンは十分なものが何台か有るが。

ルナのビザ延長手続きの書類作製をニシャンタが手伝っているのだが、何度もDSに行ったりして(この渋滞の中)、わりと面倒。この厳戒態勢の中、コロンボまで手続きに行くのかなあ。なんだか雑用と大統領滞在の影響で仕事が停滞気味。カントリーマネージャーのマヌが一度(?)帰ってくるらしいので、そうすればまた進み方も違うか。

ニシャンタとも話したが、我々が今欲しいのは、車もう1台とジャイシンガーもう1人。

時間があるからとはいえ、津波直後の写真を見せてもらった。ルナが、私は見ないから勝手に見てと言う。まあ、想像はつくが事実を見ないわけにはいかないので見た。 ............。また明日から頑張らねば。みんなそこから立ち直ろうとしているのだから。

写真撮るなというシンハラ語が
分からずに。
非常に危険なのでやめよう。
穏やかなゴールの海岸。
あの惨劇は想像出来ない。


1月31日(水)
今日は、ルナのビザ延長手続きの為に朝早くからニシャンタがコロンボへ出かけた。ここ数日書類作製でDSとの往復続きだったが、何とか書類が出来たとのこと。しかし、ジャイシンガー号が出てしまったので私は動けず。しょうがないのでコイアマット製品の海外市場への展開を考えた場合を想定して、プランを練る。内容は秘密。これをもとにスタッフと協議することとしよう。それにしても今朝の停電は長かった。1時間は続いた。デスクトップパソコンを使っていたハリンディはちょっとショックだったみたい。ちなみに、先日、展示会製品用の商品札を作製するのに、事務関係の様々な処理を行ってくれる店に出かけた。1階では文房具などを販売。上の階には、紙の裁断のような簡単な作業の請負から、パソコンでのデータ作製や処理、写真の現像プリント、デジカメデータ処理、時間貸しのインターネットゾーンなどが設けられている。オフィスで出来ない事務処理はいつもここを使うらしい。確かに便利だ。我々は、オフィスで作製したデータを持ち込み、カラーで印刷してもらい、それを厚紙に貼り付け、裁断してもらってアムルト商品札の完成。便利なもんだ。ちなみに、インターネットは1時間50ルピー。冷房(皆AC:エーシーと呼ぶ)が効いているので快適だろう。処理速度は分からないけど。見ていると若者が気軽に立ち寄ったりしているようだ。さて、そこでの待ち時間の最中に停電した。私はびっくりしたのだが、誰も何とも思わない様子。全く平然としている。もちろん明らかに使っていた幾つかのパソコンは真っ暗になっている。これで良いのか?ただし、デスクトップでも使えているのが有ったので、停電なんか当たり前だから重要なパソコンには対策しているのだろうか?どちらにしろ、灯りは消えたので薄暗くなっているのにみんな何の反応もないとは。そっちの方が驚き。まあ、本当にしょっちゅうだけどね、停電。私は負けて懐中電灯購入。320ルピー。単3×4本95ルピー。これで暗闇でもトイレに行ける。

ニシャンタいわくビジネス街。
この辺で何でも揃う。
ビジネス街を行く。 ところどころに傷跡がある。 崩れたまま。


2月1日(木)
ポヤデー(満月の日)で休み。久しぶり(初めて?)ののんびりした朝だ。午後に少々仕事がある為、完全に休みではないが、仕事が終わったらゴールフォートに行ってみようということにした。その後、インディカとジャイシンガーは寺へ参拝に行きたいと言う(仏教徒)。そこへスリランカの文化を調査に来ているというルナの友人(インド人)から電話。津波被災地での調査などをしているうちにアムルトの活動に興味を持ったそうで、是非話を聞きたいと言う(ポヤデーで休みと言うのは頭にない)。結局、ニシャンタも呼んでゴールフォートで会おうと言うことになった。この時点で少々不安だったのだが。ルナが決めてしまったのでしょうがない。

夕方、ゴールフォートでルナ友に会う。そしてニシャンタを待つ間に海岸沿いの堤防の上を散歩。非常に眺めが良い。ポヤデーでもあり、多くの人で賑わっている。海外からの観光客もちらほらと見かける。屋台もたくさんでており、当然我々の受益者の屋台もいた。こちらに来て初めての観光気分。しかし、少々歩いただけでニシャンタも合流し、堤防の上に座り込んで3カ国4人で津波被災者支援について議論。暗闇の中、いつもの様に熱く語るニシャンタ。私にとっても非常に有意義な時間であった。ただし、のんびりと遊びに来ている人の目にはどう映ったことやら。(見えないかも知れないが)。

この時議論されたことは、基本的に前任者活動報告書で出てくるような内容なので割愛するが、ひとつだけ。AMURTが受益者を選ぶときにどんな基準を用いているかという話になった時のこと。いつもニシャンタはこの話になると力が入る。まず津波被災者であること。これはAMURTとしての方針。では、どうやって判断するか。ポリスレポートを手に入れたり、津波被災者であることを示す証明書、公的機関の書類などを元に判断するのだが、彼(AMURT)は必ず支援を求めてきた人の家へ行く。公的な書類はミスも有るし、また、残念ながら津波被災者を示す証明書は不正なルートで手に入れることが出来ているから。実際に出かけてみると、良い暮らしをしていたり、いくつもの機関から援助を貰っていたり、ミシンを持っているのにミシンのトレーニングを希望していたり(ミシンを貰って売るつもり)。残念ながらそういう例は少なくないらしい。でもニシャンタは言う。一度話をすれば、本当の被災者かどうかは自分には判る。なぜなら自分自身が被災者だからだと。この言葉でニシャンタのことが理解できた気がした。ニシャンタは津波被災者なのだ。家族も失っている。ただし津波の時、彼は仕事でコロンボに居た。その間に彼の家は崩壊し、家族も失った。交通機関も全て麻痺した中でゴールの家にたどり着くことは非常に困難で長い時間を要したことだろう。どれほど無念だったことか。彼の気持ちを思うと胸が痛む。その時の気持ちが今の彼の全てなのだと思う。我々と違って、彼はあの日以来、大きなものを背負ってしまったのだ。だからこそ今なお、受益者のためと言って毎日働き続けているのだ。彼にとっては働くと言うだけでなく、いろんな思いがあるに違いない。彼の背中が大きく感じられた。

受益者を見つけて話しかける
インディカ
闇の中の3カ国会談 ニシャンタの大きな背中....。


2月2日(金)
発注しておいたコイア製品を受益者のところへ取りに行く。合計40個の大量な発注だ。もちろん一人で作るわけではない。数人で手分けしているとのこと。マイクロビジネストレーニングの際に、グループリーダーを決める。これは初日に決めるのではなく、2~3日様子を見て、ふさわしい人を見つけて任命するそうである。そしてトレーニング終了後もリーダーがメンバーの状況を把握し、グループとしてのまとめを引き続き行っていく。今回発注した製品も全てリーダーのところへ集められているとのこと。早速、リーダーの家へと急ぐ。その家はゴールロードからかなり奥へ入ったところに在った。ここへ引越したと言うことだろう。家はこの地方の標準的な家。玄関を入るとそこにコイアマット作製の台がある。まさに作業中だ。その横にはテーブルや装飾品なども置かれてあり、生計が上向きになってきたことが伺える。ここで買い取る製品を確認。支払いもリーダーに対して行う。一つの生産者組合のようなものが形成されていることになる。発注はこのリーダーに対して行い、リーダーがメンバーに振り分け、各メンバーにて作製後リーダーへ提出。ここでリーダーが品質確認も行っている。そして取引はリーダーがニシャンタと行う。なるほど、小さいながらもきちんと形が整っている。これなら大きな市場を狙っていく基盤は有ると考えられる。後は納期の調整をもう一工夫。どの製品が何日で出来るのか、製品の大きさ、色、形によるそれぞれの標準的な必要作業日数を把握しておき、メンバーの負荷状況も管理しつつ、正確な納期が決められるようにする、そして一度決めた納期をきちんと守れるようになればよい。様はリーダーが生産管理をきちんと行うこと。そうすれば基本的なところはクリア。まだまだやるべきことはたくさんあるが、まずはその辺りを最優先。お国柄と言うのもあるだろうが、どうしても日程にルーズ。これは海外相手に本気で仕事をしていくなら絶対に改めないといけないこと。でないと信用されない。下手すると、この受益者が信用を無くすだけではなく、他の同じようなグループの信用さえ失うことになる。ここの意識改革は難しいと思う。まずは受益者が作製した製品がどのように流通していって、どうやってお客様の手に届くのか、遅れると何が起こるのか、誰が困るのかを理解してもらうことが先決。ビジネスを始めた以上、もう単なる受益者ではない。製造・販売を行うコイア生産のプロであって、お客様のことを最優先で考えていく意識が必要(と思うが、どこまでトレーニングで理解されているのだろうか?)。そこから考えを広げていくと、まだまだやるべきことはたくさん見つかる。硬いことを並べたが、現時点、未来は明るいと思う。この調子で頑張って行ってもらいたい。デザイン力向上もどんどん続けて欲しい。もちろん私もここに居る間に協力するつもりだ。

さて、日本でもそのコイア製品を売っている。もちろんアムルトジャパンのHP上で扱っているから。私もここで関わっている以上、他人事ではなく多少の責任は有る。そこで私自身もコイア製品を購入することにした。もちろん自分で使って試してみる為。お客様の気持ちになって...というわけである。私はサンアンドムーンと言う、太陽と月(そのまま)の形をした装飾用の製品が好きなのだがこれではテストにならないのでフロアマットを買うことにした。そして本気で使う。本当に使ったらどうなのか自分で試す。これには少々裏話が有って、買おうと思いついた時にはオフィスに居た。そしてハリンディとルナに言ってオフィスにある中から選び、代金を払おうとしたら、2人はお金は受け取れないと言う。1個くらいならプレゼントするから勝手に使っていいと言う。ここに有るマットは受益者から借りてきているだけなのに。私は「君たちにお金を払うんじゃなくて、受益者に払うんだよ。このお金を受益者に渡して!」と言うんだけど、やっぱり受け取れないと言う。私はなにも大事なゲストとしてここにいるわけではないし、なんで私がマットを買えんのだと少々怒り気味。結局ニシャンタに聞いてからと言うことになってしまった。後からニシャンタに話をすると、当然大賛成だった。それで今回、製品を取りに行くついでにもう一個別に売ってもらうことになった。受益者にお願いすると、最終段階だったマットを丁寧に仕上げてくれた。うれしい。私がとても喜んでいるのを見て、受益者も受益者の家族も笑っていた。ニシャンタもジャイシンガーも笑っていた。

象の柄のコイアマット×××ルピー。受益者の笑顔PRICELESS。

さて、昨日の星空の下での会議の為か、ニシャンタがくしゃみ連発。体調を崩してしまった。そもそも何でわざわざ堤防の上に座り込んで議論するのか、オフィスじゃだめなのか、というところでのルナの責任問題は不問に終わった。最後はお尻が痛くなったニシャンタが音をあげて終了したのだが、実は体調を崩しかけていたのか?ニシャンタ早めに帰宅。お大事に。

コイアマット作製中 マット作製作業台(象) マット仕上げ中 命名、ヤシ蔵。
今後私と生活を共にする。


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