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現地報告レポート
第1回(2007年1月12日〜1月19日) 第2回(2007年1月20日〜1月26日)
第3回(2007年1月27日〜2月2日) 第4回(2007年2月3日〜2月9日)
第5回(2007年2月10日〜2月18日) 第6回(2007年2月19日〜2月25日)
第7回(2007年2月26日〜3月7日) |
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第4回(2月3日〜2月9日)
2月3日(土)
週末、特に予定は無いが、ジャイシンガーがコロンボの自宅に戻るので一緒にコロンボへ。相変わらず運転マナーは悪い。しかも、ゴールロードのあちこちで工事が始まり、渋滞もひどい。先日、平日にコロンボへ出かけたニシャンタは、コロンボからの帰り道6時間半かかったという。信じられない渋滞。確かに、工事で車線がふさがれているのに交通整理がされていなくて、対抗車が途切れることがなく続句く為ずっと待たされ、もしかして我々はこのまま一生動けないんじゃないかと思うぐらいであった。以前にもこの交通環境の悪さは指摘したが、指摘するだけならただの評論家。誰でも出来る。そこで、今回はどうしたらよいのか私なりに考えてみた(コロンボまで時間はたっぷり有るし...)。すると、これまで気づかなかったのだが、コロンボ~カルタラ間は道も広く、中央分離帯も有ったりして多少は安全に感じるが、カルタラ~ゴール間は道が狭いのに、ほんの一部を除いてセンターラインがひかれていない。ここに着目した。まずは、センターラインを設置してみてはどうだろうか。よく見る白線はいずれ消えてしまうので定期的なメンテナンスが必要であろうから、キャッツアイを埋めるのでも良い。そこは初期投資と維持費うんぬんを誰かが考えてくれれば良い。ともかく、中央を示す何か、左右の車線を区別するものの存在。これが有れば走行ラインが変わるはず。追い越しが減るわけではないだろうが、追い越しは対向車線に出ていると言う意識が働くようになる。特にカーブ、ブラインドコーナーなどでは効果てきめんのはす。出来ることなら視覚効果を狙って幅の広いラインが良い。この試みは、センターライン設置前後での交通事故の増減など数値でしっかりその効果が測れるはず。パイロット的に試行区間を作ってトライしてみると良いと思うがどうだろうか。~と私がここで提案しても何ともならない。だからと言ってジャイシンガーに話してみたが同じことかな。(何の下調べも無く書いています。稚拙な点あればご容赦を)
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| ゴール。センターラインは無い。 |
車線の中央を走っている。 |
反対車線を十分に使っての(?
)追い越し。。 |
2月4日(土)
独立記念日。どこへ行っても人が多いし、店は全部しまってるし、バスに乗るだけでも大変だよと言われたのでおとなしくしている。とは言え、あまりにも暇なので歩いて5~10分くらいのfoodcity(以前の報告にも出てきますが、小さなスーパーみたいなの)へ出かけた。このfoodcityは全国チェーンなのか、あちこちの町で見かける。もちろんゴールにもある。コロンボオフィスの近くの店は小さいながらもいつも人は多い。営業時間は朝8時から夜11時まで。入り口でドアマンが居るところが何とも。中は食料品全般から生活雑貨、酒まで売っている。生活に必要なものは大抵手に入る。野菜や果物はとても安い。それでもゴールよりは高いらしいが。雑貨類も大抵安いんだけど、ときおり日本と変わらない値段のものもある。輸入品だから?ルナが充電式単3電池4本と充電器のセットを買おうとしたら3600ルピーと書いてあって、絶対買えないと言ってた。まあ、foodcityで買おうとしたのが無茶なんだろうな。ゴールの大きなデパート(?)なら、そのくらい出せば大きなCDラジカセが十分買える(インド製だったかな?)。他にスプレー殺虫剤265ルピー。蚊取線香42ルピー。スリランカの石鹸21ルピー。ポテト1kg50ルピー、パイナップルも1kg50ルピー、卵が10個パックで110ルピーぐらい。パン一袋(一斤)6ルピーぐらい。コロンボオフィスに有った紅茶(200g入り、ダスト)88ルピー。輸入品なんかを見ると結構日本と変わらない値段だったりする。普通の人々が使うものは安い。私の記憶をもとに書いたのでおよその目安と言うことで。なお、スタッフに聞いたところでは、foodcityはいろいろ揃っていて便利だけど、少し高いとのこと。まあ、日本でコンビニで買い物するようなものか。
さて、そのfoodcityで、胸ポケットに入るくらいの小さなノートを買った。1冊21ルピー。80Pageと書いてある。何となく枚数を数えてみると、1冊は42枚、もう1冊は39枚。どうでも良いが、そんなもんである。リングで留めるタイプなんだけど、手作業かな。ノートぐらいなら細かいことを気にしなくていいかもしれないが、海外の市場などを視野に入れると品質と言う考え方を取り入れていかなくてはならない。
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コロンボ。ゴールロード沿いの
foodcity。隣は? |
野菜や果物はどこでも売っている。
(屋台改造待ちの受益者) |
2月5日(月)
ジャイシンガーの親類に不幸が有り、日曜出発をやめて月曜朝にコロンボを出発。写真はコロンボオフィスから5分程度の場所。コロンボからアピッサウェッラへと向かう鉄道線路沿い。線路沿いに小屋がたくさんならんでいる。明らかに人が生活している。線路を歩いて外へ出るようだ。列車が走っているところは見なかったが、ぎりぎりの状態ではないだろうか。かなり危険である。とても住める環境ではない。その外側には何か建物が見えるので、そこと線路との間に住み着いたということだろうか。隙間を見つけてびっしりと住んでいる感じだ。こんなところに電気や水道が引かれているわけもないし、トイレなどもどうしているのか。衛生面でも非常に心配になる。
さて、ゴールロード沿いの工事が激しいことを数日前に書いたが、工事は写真のように人の手によるところも多いようだ。もちろんアスファルトを固めたりなどは重機を使うが、細かい作業はかなりの部分、人の力で行われているようだ。また、女性作業員の姿も良く見かける。体格的には劣っていることも多く、痛々しく感じることもある。それ以上のコメント無し...。
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| コロンボ。線路沿い。10KMPHと小屋に書いてある...。 |
びっしりと住んでいる。 |
ゴールロード工事中。 |
WOMEN AT WORK |
2月6日(火)
ルナのNGOビザ延長等、諸手続きの為、朝5時半出発でコロンボ方面へ。朝早いのにもう人が動き始めていて、バスを待つ人をたくさん見かける。ラッシュアワーはどのバスも満員だ。当然途中から渋滞になる。そこでカルタラを過ぎた辺りでゴールロードを外れ内陸へ。この辺りがジャイシンガーの育った町らしい。その旧友の店で朝食。ちなみに私は皆と一緒でカレーを手で食べる。慣れると違和感なくなる。ただし食後は手をしっかり洗いたくなるが。
食後、首都スリージャヤワルダナプラ方面へ。沼地や林の中を抜けると、突然大きなマンションが出てきた。驚いたことに、周辺が全て整地されようとしていて広く開けている。レジデンスエリアだと言う。そして、「ここからはハイセキュリティエリアなので写真は撮らないで。」とニシャンタ。なるほどすぐに軍のチェックポイントに差し掛かる。このエリアに入る車を全て監視しているようだ。まだほとんど空き地の状態なのに、警備だけしていて妙な感じだ。そんな中をしばらく進んだところの交差点上で、いきなり軍から車を停止させられた。何事かと思うと、横からこれも軍の車両に先導された一台の黒塗り高級外車が来る。後部座席をカーテンで隠しているがかなりの重要人物らしい。前後を銃を構えた兵士が乗り込んだトラックが警護している。変な動きでもしようものなら容赦なく撃ってきそうで緊張感がただよう。その一団は、軍により封鎖された道へと入っていった。我々は他の道へ。
ルナのNGOビザ手続きの為、役所へ。合同庁舎のようなところ。大きく立派な建物で日本と全く変わらない。首都はやはり“新しく作られた”というイメージだ。ニシャンタに任せて、我々は車で待つ。30分後、結局手続きは完了しなかったらしく、ニシャンタが苦い顔をして戻ってきた。今日は重要なミーティングで忙しいので明日来てくれと言われたらしい。ニシャンタも予想外の対応にがっかり。どうも政府の主要ポストが大きく変えられ、NGO関連担当も代わり、少々忙しいらしい(ニシャンタ談)。それにしても3時間以上かけて来るんだから、事前に何とかならんものか。(この手続きは今回始めてのようだが。)
次の用事を済ませるためコロンボへ。ここで首都からコロンボへと向かうコーッテロードを走るのだが、数十メートルおきに兵士が立っており厳戒態勢。どこも軍の監視下で、首都なんて用事がなければ行くものではないと感じた。決して観光なんかで行くところではない。
さて用事を済ませて、昼過ぎにコロンボ出発。その後、現在活動中のVTC(職業訓練学校)の候補地で、建物、設備などの見積もりを行う為の現地確認。見積もりを行ってくれる人達と会う。ここは従来から学校として使われていたが、津波で破壊(既報告)。そこを使いたいと考えている。
改めて状況をみると、いくつかのポイントに気づく。
・建物の電力供給は問題ないか。
(現状、2棟のうち片方のみ供給有るがそれも容量が懸念される)
・地盤はしっかりしているか?(片方は不安)
・上下水道の確保(目処有り?その根拠は?)
・新設する際には塩害注意要。
・ボートエンジンリペアクラス案、近隣への騒音対策は?
など、私が見てもまだまだ解決していかなければならないことは有る。
今後の見積時などで見落とさないよう、初期構想段階で皆でしっかり議論することが必要。
見積もりに来た人達が、測量した寸法のみ記録するだけで、その他全くメモを取ったり写真を撮ったりしないことが不安。全部記憶するつもりだろうか?スタッフもそうだが、皆、あまり記録に残そうとしないのが非常に不安。後からしっかり設備計画を作れるのか?せっかく来たんだから、みんなで現地確認の報告書をその場で書くぐらいしたいのに、私がいろいろ考えているうちに相手はとっとと帰ってしまう。動き早いなあ....。
VTC現地確認後、受益者の家へ。それは大した用事ではないのだが、そこで見たTVで「コロンボにて爆破テロ」のニュース。我々がコロンボを後にしてすぐのことらしい。またゴタゴタに巻き込まれるところだった。これでまた警戒が厳しくなるだろう。往復がまた大変だ。
まさに内戦下であることを実感する一日であった。
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| バスを待つ人達。 |
6列シート。子供達が乗り合わせて通う。 |
どのバスも満員。満員とはこのこと。 |
首都、レジデンスエリア |
2月7日(水)
アムルトジャパンに製品を発送する必要があり、ポストオフィスへ出向くことになった。ジャイシンガー号が出払っていた為、スリーウィーラーで行くことになったが、送るものを載せるとあと2人しか乗れない。ルナがハリンディと2人で大丈夫と言うので、任せて留守番することにした。シンハラ語しか話せない客が来たらアウトなのだが。で、やっぱり2人を送り出した後にそういう人が来て、結局インディカに話をしてもらうことに。挨拶以外も話せればいいのだが。ちなみに私、読むというか発音するだけならシンハラ文字、かなりいける。3週間苦労したので。時々「こんな字、本に載ってないだろ」というような文字が出てくるので、シンハラ文字は奥が深い!?
ひとりでボケッとオフィスに居るのは多分初めてだ。何故かやたらとオフィスのドアの前を子供が通る。みな必ず私の方をちらっと見ていく。何度も通ってはチラッと見たりする。日本人(外人)が珍しいのかな。会釈すると、にっこり笑って走っていってしまう。こちらに来てから日本人に会ったのはJICAの黒田さんだけだ。他には町で見かけることさえもない。シンガポール行き(乗継)の飛行機を降りた時点から全く日本人に会わない。こんなに少ないものなのか。ハンバントタで活動されている方を紹介してもらったので、一度会いたいとメールの交換をしたまま都合がつかず、気がつくとずっと1人だ。別になんてことないけど。そう言えば先日、ゴールの街中で久しぶりに日本語を聞いた。「左折します。ご注意下さい。」、トラックである。
さて製品発送について。今回は郵便局(国営)から送ることにした。たかが海外発送なので何も問題ないだろうと思っていたら、しばらくして荷物を抱えたまま、2人が帰ってきた。かなり怒っている。話を聞くと、もう遅いからと受け取ってもらえなかったと言う。営業時間は朝9時から夕方5時まで。行ったのは2時半ぐらい。で、午後3時までに出してもらわなきゃダメだと言うらしい。まだ30分有るので急いで用紙に記入しようとしたら、3時になるからもう終わりと言って制止するんだとか。急ぎで送りたいと言っても、全く取り合わず、結局引き返してきたらしい。どうも隣で同じようなことをやっていた人は、幾らか余分に払って対応してもらっていたとか。公務員とはいえ、そういうことで小銭を稼いでいるのか。我々はそんなもの払うつもりはないので引き返してきたといって怒っている。ルナが怒って同じ話を繰り返すので途中から聞いてなかったが、ハリンディも、これがスリランカの地方の公務員の悪いところだと言ってかなり怒っていた。ハリンディが真剣に怒って、これじゃあ仕事する気にならないなんて言うのには驚いた。私が急いで送れという話をしていたので、かなり真剣に交渉したのだろう。プライベートの運搬サービスもゴールに有るらしいが少し高くなるという。ただし多分対応は良いだろうとのこと。長期的に手を組んだら(契約したら)、上手いことやってくれるようになるかな?そっちの方が、ハリンディの為にも良いかも。顔見知りになれば無理も聞いて貰えそう。明日の朝、再度私が行くことにしたが、どうなることやら。英語はあまり通じないらしいし。結局ニシャンタ頼りか。些細なことで仕事がどんどん遅れていく悪いパターン。
2月8日(木)
昨日のリターンマッチ。朝からポストオフィスへ向かう。アムルト号は再びルナのビザ延長作業のためにコロンボへ向かったため、スリーウィーラーに無理矢理詰め込んで出動。ポストオフィスへ行く前に、梱包の為の包み紙やマジック、テープなどを購入する為、ゴールの商店街の小さな文房具店に入る。賑わっているし、場所も便利なところなのできっと皆使うんだろうが、日本に比べると品揃えはかなり劣る。梱包用にガムテープを買おうとしたが、セロハンテープの幅の広いものぐらいしかない。それ以外のノートや鉛筆を見ても種類は非常に少ない。特に筆記用具があまり見当たらない。モノが少ないなあなんて思うのは、私が日本の生活が身についてしまっているから?そう言えばすごく小さな頃に学校の近所の文房具屋なんかに行くとこんな感じだったかなと思わないでもない。逆に今の日本がモノが溢れすぎてるのかな。
梱包の為の物をそろえてポストオフィスへ。ここでまた怠けられてはたまらないので、笑顔を見せずに行く。ハリンディが窓口で話をするが、やはり何だか後にしろみたいなことを言ってるようだ。しかし、私がすぐ後ろでムッとして腕組みしつつ立っていると何だか効果があったらしく(ハリンディ談)担当者を出してくれた。(まあ、私は日本でもたまにそう言われることがありますから....)。その後、中身確認後に梱包作業をしたり、料金を払ったり、こちらの作業も手間取るし、窓口の対応ものんびりしたものだし、結局2時間かかって発送を終えた。やることは簡単な作業だが、手間はかかる。この日程をしっかり把握しておいて今後の発注時の納期交渉の際に考慮しなくてはならない。
ところでポストオフィスは、ゴールのバスターミナルの東側、警察署の横に有る。このあたりも津波の被害を受けたところだ。警察署はかなり破損が大きかったらしい。ポストオフィスはそれに守られた形になったようだ。また、バスターミナルも津波で破壊された。ここでは津波の際にバスの屋根に上ろうとする人達や、流されるバスなどの映像が撮影されており、ニュースで流れたらしい。このバスターミナルにも津波の碑が有る。これは津波の際に破壊された建物や流されていた物を使って作られたそうだ。この付近、全てが片付けられるまで2ヶ月を要したという。当時は異臭で大変だったそうだ(ハリンディ談)。ちなみに、ハリンディの友人は、結婚式に向かう為に列車に乗っていて、ヒッカドゥワで津波に遭ってしまったそうだ。1500人が亡くなったというあの列車だ。遺体が発見されるまで数日を要し、しかも遺体は全て一箇所にまとめられており、とても近づけるような状態ではなく......。
今回、スリーウィーラーを使った。すぐ終わると思ったので、待っているようにお願いした。スリーウィーラーの料金は基本的にドライバーとの交渉だ。しかし、このドライバー、人のいい若者で、ポストオフィスの中で梱包やらなにやら、ずっと手伝ってくれた。しかも2時間の拘束。それで要求してきたのが160ルピー。以前、別件で往復だけで200ルピー取られたことも有るそうで、非常に良心的。迷惑をかけたので200ルピーを渡した。ついでにオフィスに帰り着いたときに、冷たい飲み物を出した。(郵便局は暑かったので)。で、今後もよろしくと言って電話番号を聞いておいた。ただ、帰る途中に何も言わずに突然ガソリンスタンドによってオイルを補充する(2ストなので)と言うおおらかさにはビックリしたが。
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スリーウィーラー車内。
たくさん乗せると狭い。 |
ポストオフィス。
時計が9時25分で停止。
津波じゃなくて単に壊れただけ。 |
いつも混雑しているゴールの
バスターミナル。津波時も? |
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中央のビルの屋上にカメラマンが
居たらしい |
津波の碑。 |
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2月9日(金)
私の机の上に一通の手紙が置いてある。手紙と言っても、封筒には入ってなくて、鉛筆で手書きされた紙が一枚。丁寧な英文で書かれている。私の居ない間に女の子が持ってきたらしい。一番上にGOD BLESSと書いてある。
内容は、
私はINDRANIといいます。子供が5人おります。
その内の一人は障害児です。今は生活する為の収入は有りません。
住む家さえも有りません。前は小さな仕事をしていたんですが、
破綻してしまい、それを続ける場所も無くなりました。
どうか私に屋台での商売のトレーニングの機会を与えてください。
私の夫も心臓の病気を持っています。
L.A.INDRANI
持ってきた女の子は、片腕に障害をもっていたそうだ。
スタッフに聞くと、オフィスのすぐ前の家の子だということ。そういえば川沿いに津波でほとんと壊れた家があり、廃墟かと思ったら男の人が寝ていて驚いたのを覚えている。また近所で数人の子供も時々見かける。その子達の母親が子供に手紙を託したそうだ。聞けば母親もニシャンタと私が出かけている間に何度かきたらしい。そういえば、前にオフィスの庭にいる私を遠くからじっと見つめる女の子を見た覚えが有る。それは何かを訴えたかったのか?
さて、我々は次週から最後のマイクロビジネストレーニングを行おうとしえいる。もちろん既に参加者は決まっている。これを最後に、次のプロジェクト、職業訓練学校創設に全力を注ぐつもりなのだ。しかも最後のトレーニングは屋台ではない。
我々はマイクロビジネストレーニングという“プロジェクト”を行っている。プロジェクトを行っているということは、我々が持つ資源(人、金など)には予め制限があり、その中で目標を設定し、その達成の為に計画的に物事を進めていかなくてはならない。我々は万能ではない。困っている人を見つけたらその全てを何とかしたくなる、何とかしようとする、何とか出来ると思うのは思い上がりなのだ。所詮、我々が出来ることは本当に小さなことなのだ。自分の能力をわきまえて行動しなくては、プロジェクトそのものが失敗に終わる危険性さえも有る。人を救う経験をたくさんするけれども、人を救えない経験も積まないといけないのだと思う。
ただ、ここで引っかかるのが、アムルトオフィスの目の前の人だということ。なんでそれを見落としてるんだ?と思う。どこへ行くにもその前を通らないと出かけられないのに。毎日目にしているはずなのに。なぜ気づかない?受けに回りすぎていないか?私も含めて。
確かに今回の件は遅すぎる。何ともならない時期に来ている。しかし、隣人を救えなくてどうする?アムルトオフィスの隣人の津波被災者が救われないまま放置?プロジェクトうんぬんの前に、ここの住人としての資格を問われるんじゃないのか?この隣人に手を差し伸べられないまま、この地でこれからずっと仕事をしていくのか?
ルナは私が自分のお金を個人的にあげてもいいと言う。しかし、一度お金を渡してその場しのぎをしてどうなる?これからずっと渡し続けるのか?彼女は「お金を下さい」とは言ってない。仕事の機会を与えて下さいと言っているのだ。生計が成り立つようになりたいのだ。まさに我々が行おうとしている生計復興そのものを望んでいるのだ。その気持ちに応えられる方法。我々に今、一体何が出来るのだろうか?少なくともこのまま切りたくはない。
誤解の無い様に補足しておくが、ルナがお金をあげると発言したのは、一時的な感情で個人的に発言したもの。アムルトでは受益者に金銭を与えない。これは絶対だ。マイクロビジネスアシスタンスにおいても常に金銭ではなく素材を与える。金銭を与えてしまうと、残念ながらそれを何に使うか分からないからだ。我々の支援は全て商売を行う為のものとして使って欲しい。だからこそ、わざわざ受益者から商売に必要なものを聞いて、それを我々が買いに行って、さらに配達までしているのだ。金銭の問題は難しい。アムルトではマイクロクレジットも行っていない。ニシャンタは、これを頭が痛い問題だと言う。金銭を与えてしまうと、一部の人達は他のことに使ってしまう。現に、いろんな団体から支援を受けて、家電や家具などをたくさん買い込む人を見てきたそうだ。これを上手く機能させるのは本当に難しい。だから今ここで取り組むつもりは無いと言う。
さて、我々が出した答えは? それはまたの機会に。
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オフィスの門から。今日は、
手紙の母と子の姿は無い。 |
オフィスを訪れた受益者。
ついでに私もお菓子を買った。 |
キングココナッツを売る受益者を見送る。
これも買った。食べすぎ。 |
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