第2回 2007年7月 南スーダン ジュバ ボランティア報告
7月初旬にジュバ現地で、fungus infection(真菌感染症)に罹り、目が充血して異様に腫れ上がるとともに、口には口内炎が充満して呼吸をするのも苦しい状態に陥りました。5日にスーダンを急遽出国し、7日から23日まで隣国ケニアの首都ナイロビで、The
Aga Khan University Hospitalに入院し、治療を受けました。
~ジュバ出国から入院まで~
DAY1(7月1日):数日間、下痢症状が続いていた中、目が異様に痒くなり出し、異常に気付く。日本から持参した目薬を点眼するが、痒みは治まらず、目の充血が悪化し始める。
DAY2(7月2日):単なる“ものもらい”だと勘違いし、通常通り朝から事務所で仕事。
DAY3(7月3日):目の痒みに耐えられず、Nickの友人の医者から目薬をもらい点眼するが、ステロイド剤が配合されていたため、症状が更に悪化。目脂で目を開けるのが困難になり、口にも口内炎が広がり始める。
DAY4(7月4日):抗菌剤配合の目薬を点眼するが、目の充血は回復の兆しが無く、腫れもひかず。口も腫れ始める。
DAY5(7月5日):朝、目が完全に開かなくなり、口から唾液が止まらなくなる。Nickが急遽スーダン出国の手続を始め、午前中にはジュバ国際空港へ向かう。午後、ケニア(首都ナイロビ)のジョモケニヤッタ国際空港に到着後、茂木さん(ナイロビ事務所スタッフ)に出迎えてもらい、そのまま眼科検診へ。
DAY6(7月6日):前日眼科で処方された点眼薬と飲み薬を試し続けるが、目の症状は良くならず。口と喉の腫れが悪化し、唾液を飲み込むだけで激しい痛みを感じ始める。茂木さんに耳鼻咽喉科へも連れて行ってもらう。
DAY7(7月7日):朝、呼吸をするのが苦しくなり出し、極端に体力が落ちるとともに、自力で歩くのが困難になり始める。The Nairobi Hospitalの集中治療室に運ばれるが、2時間超待たされた挙句、ドクター達は何もできず。茂木さんとJosphine(ナイロビ事務所スタッフ)が救急車を呼び、The
Aga Khan University Hospitalに移動。点滴を左手から繋がれ、入院。貧血・吐き気とともに発熱し、目・口の痛みは耐え難い。意識朦朧。
~入院1週間目~
DAY8(7月8日):抗生物質と水分の点滴が続くが、激痛に耐えられず、右手からの点滴注入に変えてもらう。夜、注入された抗生物質を吐き、ビタミン剤の点滴注入で激痛が走り泣き叫ぶ。茂木さん・Manu(デピュティー・ディレクター)・Pankaj(ファイナンス・ディレクター)・Katleen(ベルギー事務所スタッフ)・Peter(ナイロビ事務所ドライバー)が見舞いに来てくれたが、痛みが激しく泣き続ける。点滴針の位置を右手首に変えてもらうが、痛みはほぼ変わらず、ほとんど寝れない。
DAY9(7月9日):個室に移動させられ、「何も食べない状態がこれ以上続くと、危険な状態」と言われる。栄養剤の点滴を追加する必要があると言われるが、点滴注入時の痛みに耐えられないと断ると、首からの注入に方針転換させられる。更に、痛み止め・栄養剤等の錠剤を喉から取るように言われるが、喉の痛みが激しく、水を飲むのも苦しい。
DAY10(7月10日):点滴注入の痛みは和らぐが、目の霞み・口の痛みはひかず。目はほとんど見えず、口も開かない状態が続く。食料は口から摂取できず、点滴から取る状態が続く。錠剤も半分に砕き、痛みを堪えながら無理矢理飲み込む。茂木さんが仕事の合間に看病してくれる。
DAY11(7月11日):眼科・耳鼻咽喉科検診が続くが、回復の遅さによる医師への懐疑心が募り始めると同時に、目と口の痛みによるストレスが溜まり始める。Nickがジュバから見舞いに来てくれたが、精神的に限界状況にあり、泣きながら話すことしか出来ない。
DAY12(7月12日):午後、Sarah(ナイロビ事務所清掃婦)とNickが御見舞いに。夜は茂木さん・Pankaj・Elenora(マルアルコン・ボランティア調整員)・Peterが病室訪問。
DAY13(7月13日):錠剤を砕かずに喉から飲み込むことが何とか出来始める。目の霞みは未だに消えず、口内炎も治まらないため、口から食べ物を摂取する事はまだ不可能。
DAY14(7月14日):口の痛みが治まり始め、人と普通に話すのが多少楽になったため、入院後初めて実家に電話する。口の中は口内炎で未だに真っ白。
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| 首からの点滴注入 |
抗生物質・栄養剤等の点滴 |
見舞いに来てくれた皆と |
励ましのカードと花束 |
~入院2週間目~
DAY15(7月15日):Michael(ナイロビ事務所スタッフ)が見舞いに訪れる。痛みを堪えつつ、牛乳・バナナ・スイカ等が喉を通るようになる。
DAY16(7月16日):Michael・Nickが電話で入院状況を心配してくる。病院の食事を少しずつ取り始める。
DAY17(7月17日):茂木さん・Pankaj・Peterが来る。点滴による頭痛が止まらず、寝ることしか出来ない。
DAY18(7月18日):症状が回復し始め、首からの点滴を終わらせ、錠剤のみの治療に移る。
DAY19(7月19日):Josphine・Sarah・Peterが来る。薬を大量に摂取しているせいか、連日のように睡魔が襲う。
DAY20(7月20日):茂木さん・Manu・Michaelが来る。車椅子で移動していた病院の中を初めて一人で歩くが、貧血ですぐ病室に戻る。
DAY21(7月21日):茂木さん・Manu・Peterが来る。医師から退院しても1ヶ月間はナイロビに滞在するよう告げられる。
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| 病院の看護婦 |
病院でのある日の朝食
牛乳・豆ののった食パン |
昼食
Sukumawiki(ホウレン草に似たケニアの野菜)・カリフラワー・サラダ・フルーツ |
夕食
Matoke(ジャガイモ・バナナを潰したもの)・カボチャ・豆御飯・サラダ・パパイヤ |
~退院間際~
DAY22(7月22日):退院予定日だったが、視力が極端に低下したため、新しい眼鏡を作ってから退院するよう告げられる。
DAY23(7月23日):1ヶ月間、ナイロビで治療を続けることを条件に、医師から退院を告げられる。
ジュバ滞在にあたり、マラリアには用心していましたが、感染症はそれほど警戒していませんでした。感染当時も、入院沙汰になるとは全く思っていなく、ナイロビに移動して初めて重症である事に感付きました。実際、真菌感染症で亡くなる方も多いと医師から聞いた時は、本当に血の気が引きました。病院での治療中の激しい痛みに耐えられたのは、AMURT
INTERNATIONALスタッフが、毎日のように絶え間なく見舞いに来てくれた御蔭だと、つくづく感謝しています。